プラシド・ドミンゴ語録

NHK、BSプレミアムで4月から「ショータイム」という番組が始まりました。
日本、そして世界の超一流のエンターテイナーが登場し、その人生に迫りながら類稀なる芸の真髄を
ひも解いたり、楽しい演出で「音楽の魅力」を発見していったり、今までに見たことのない「超技」
を楽しんだり・・・。4人の「ソムリエ」が週替わりにさまざまな切り口で超一流のエンターテイン
メントを紹介します。大人が楽しめる「深く」「濃い」エンターテインメント番組です。
司会進行は武田鉄矢、谷村新司、宮川彬良、石井竜也の各氏が週替わりで務めます。
                           以上、NHKの番組紹介より・・・

5月14日はキングオブオペラと呼ばれるプラシド・ドミンゴさんを迎え、谷村新司さんがインタビ
ュアーとなって興味深い話を聞き出すというものでしたが、とても新鮮で示唆に富んだ話が聞けまし
たのでその語録(テロップ)から少し拾い上げてみました。

歌で人を感動させ、幸せを感じさせる最高のものは、やはり生で歌を聴いてもらうこと、そんなこと
がこの語録で確信的に伝わってきます。聴衆にその声と歌で心を通じ合わせることができれば、歌手
にとっては最高に幸せなことだということが語られています。
プラシド・ドミンゴさんは若くして、世界のオペラの殿堂4劇場で成功を修めたといいますし、ニュ
ーヨークのメトロポリタン・オペラではかれこれ43年も歌い続けておられるそうです。正にオペラ
界のスーパースターで、キングオブオペラと言われる所以もこの辺にあるのでしょう。やはり、著名
な劇場での公演で成功を修めることがステータスなのだということが分かります。

日本の歌謡界ではヒットがすべてのような風潮があるやに見えますが、芸一筋に歌を磨きに磨き、類
まれなその美声と圧倒的な歌唱力で聴衆を惹きつけるという、真のプロ魂をもった島津亜矢さんのよ
うな歌手もようやく現れました。今まで演歌、歌謡曲はほとんど聞かなかったという方や若者までが
注目し始めており、やはり、本物は聴衆が見事に峻別しているんだなァということを感じます。

日本国内というマイナーな世界でのことになりますが、名の知れた大ホールや、伝統を誇る老舗の劇
場も数ヶ所あります。こんな著名な劇場での公演をことごとく成功させるという離れ業を演じてみせ
さらには地方公演においてはプロモーターさんをも唸らせる程の人気を誇るスター、それが島津亜矢
さんなのです。数年前、マドンナさんのツアー公演での興行収入がソロアーティストとした過去最高
を記録したとの報道もありましたが、歌手のステータス性はこのような面で計られるべきでしょう。

NHKさんの暮れの番組が良く話題にされますが、出演者を選考される方々も時代に即応した意識改
革が必要なのではないかと、つねづね思っています。
最高の番組はやはりNHKさましか作れないと思っていますから・・・

前置きが長くなりました。
以下の語録は世界のエンターテイナーの話ですが、その内容は私が感じる島津亜矢さんの生き様にも
一脈通じるものがあるように思えたので、ここに記しておくことにします。

題してドミンゴの原点とはー、使命感とはー
ドミンゴ:音楽家は人を幸せにできる、すばらしい職業なのです
谷  村:アンコール(4月10日NHKホール)は日本語で「ふるさと」を歌ってくださいました。
ドミンゴ:日本のみなさまにとって特別な歌だと聞いたので、これなら一緒に歌って頂けると思った
     のです。実際に一緒に歌って頂けてとてもうれしかったです。
谷  村:わたしも一緒に歌いました。
ドミンゴ:そうですか、うれしいです。お客様の反応も特別でした。温かくてとても熱心で・・・
     日本のみなさまはとても賢明で非常に熱心に聴いて下さるのですが、今回のコンサートは
     本当に特別でした。
 
震災後の来日について
ドミンゴ:私は約束した場所には必ず行き、そこで歌ってきました。そして今ここにいるのです。
ドミンゴ:日本の皆さまが復興を遂げられることを心から願っています。時が過ぎても大切な方を失
     った心の傷は癒えることがないでしょう。そして、日本のみなさまにとって、忘れること
     の出来ないつらい記憶となるに違いありません。
     なぜ、このようなことが起きてしまったのか誰にも分かりません。本当に悲しい。
     運命というのでしょうか、でも心から・・・・・街が、そして国が団結して復興されるこ
     とを信じています。
ドミンゴ:そして私たちはサポートし続けます。家族や家、あらゆるものを失われた皆様のために。

谷  村:歌って、凄いなと、今日改めて思いました。
ドミンゴ:歌っているときは、その曲と仲良くなることです。今、歌っている曲が一番美しい曲だと
     信じるのです。
     たとえそうでなくても、その瞬間だけでもそう思わなければなりません。
ドミンゴ:アーティストというのは素晴らしい職業だと思います。
     人の心や魂に触れて幸せにできるのです。そして、コンサートの間は現実を忘れさせられ
     る。小さな劇場でも、大きな劇場でもテレビでもスタジアムでも、人々に幸せにしてあげ
     たいと伝えられる。少しの間つらいことを忘れ、素晴らしい時間を共有しましょうと。

そして現在
谷  村:70才になられた今でもよく伝わってきました。
ドミンゴ:ありがとうございます。
     これが、唯一私にできることです。人々の心に届けるのです。私が人とつながる電機のよ
     うなものなんです。コンサートは当日だけでなく、日程を発表した日から始まりみなさん
     が来ることを決めたときから私の歌を楽しみにしてくれているのです。
ドミンゴ:スケジュールを確認し、友人を誘いそしてチケットを買いに出かける。そういう、準備が
     必要なのです。私たちも同じです。私に会い、私の歌を聴くのを楽しみに待っていて下さ
     る。
     私たちもコンサートが決まると、その期待に背かないよう準備をしなければなりません。
     このように、コンサートのずっと前から始まっているので、当日成功を実感すると心の底
     からうれしく思います。
     人を幸せにできる素晴らしい職業なのです。・・最高の職業ですよ。
谷  村:70才を迎えられましたが、歌を歌う人にとって自分の限界というのを感じられることっ
     てありますか。
ドミンゴ:限界を感じたことも考えたこともありません。でも、若いときにはインタビューでテノー
     ルの最盛期は33歳だと答えたことがありますが、間違っていました。
     その後には38~45歳だとも言いましたが、もう口にするのは止めました。もちろん、
     私の最盛期はさまざまな役を演じていた頃かもしれません。でも、今も声の調子は良いし
     何も予測したくありません。
     ステージで歌えると思える限りは歌い続けるつもりですし、歌えないと思った時が辞める
     ときだと思います
ドミンゴ:70才でオペラを歌っているとは思っていませんでしたが、役によっては歌えます。
     私がステージで歌うことにより観客の皆さんが心にやすらぎを感じて頂けたらと思ってい
     ます。
     それができていれば、とてもうれしいです。
     心を動かす歌を歌いたいですね。

ドミンゴは自伝の中でこう語る
☆私は芸術というものの意義を信じている。

谷  村:音楽を目指している若い人たちに何かメッセージを頂けますか。
ドミンゴ:すべての若い方に伝えたいのですが、高い志、そして強い信念が必要です。そして、達成
     のための準備、目標が何であれ音楽を志す場合には特にね。
     歌手の人生には、多くの犠牲が伴います。特に女性の場合は。
     女性の方がより大変だと思います。男性であれば、子供と家を守ってくれる妻をもつこと
     ができる。 私たちもたくさんの犠牲を払ってきました子供や妻にです。
     妻は子供とも私とも一緒にいるために公演にも同行し、同時に子供の世話もしてくれた。
     たくさんの犠牲を伴うことを知っていただきたい。
     でも、その分得るものも大きく、本当にすばらしい職業です。その価値が十分にあると思
     っています。

     でも、真剣に考えてい下さい。
     世界中を飛び回り華やかに見えるかも知れませんが、実際は違います。
     新しい街に到着しても、常に自己規律を忘れず体調を整えなければなりません。旅行者の
     ように観光できるわけではないのです。
     時には時間を作れるかもしれません。でも、よく考えることです。
     犠牲を払い成功できればすばらしい人生が待っています。

★オペラ歌手が目標とする劇場が世界に4つあるといいます。( )内はドミンゴさんのデビュー年
     ☆ウィーンの国立歌劇場(67年デビュー)、
     ☆ニューヨークのメトロポリタン・オペラ(68年デビュー)
     ☆ミラノのスカラ座(69年デビュー)
     ☆ロンドンのロイヤル・オペラ(71年デビュー)    
★三大テノール歌手
     プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、ルチアーノ・パヴァロッティ

以上、BSプレミアム「ショータイム」からでした。

「お吉」に涙

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

幕末から明治という激動の時代に翻弄されて、自ら望まぬ道を無理やりに歩かされ、挙句の果てには
世間から‘唐人お吉’と蔑まれる。
心も荒むこの世の中で、この身はいったい何処においたらいいんだい、・・・そうさ、何もかも忘れ
させてくれる「お酒」しか無いではありませんか、鶴さんにも冷たくあしらわれることが多くて、結
局別れる破目になったけれど、いずれあの世でもう一度・・・待っていておくれ、今行くから・・・
こんなわが身の哀れさを、せめてもの幸せはあの世にいってと唄います。

悲しく、切なく、やるせない気持ちを「お吉」なりきりで歌い上げる亜矢姫。う~ん、詞も曲も良く
て唄も例によって絶品、感動で酔っぱらいそう、もう何とも言えない世界ですねえ~。お吉の心情が
悲しい、亜矢姫の唄が心に迫って胸がいっぱい、何度も何度も聞いているうちに涙が出てきていまい
ましたよ!!!

この時代の年譜(亜矢姫の歌に関係する主な歴史上の人物を拾ってみました)・・・・・・・・・
1841.11.10(天保12)「お吉」愛知県知多郡内海に船大工市兵衛の次女として生まれる
           「おりょう~楢崎龍~坂本龍馬の妻」も生まれる。・・同い年
1853. 6. 3(嘉永6)アメリカ東印度艦隊司令長官ペリー、軍艦4隻率いて浦賀に来航
1854. 1 (安政元)ペリー再び来航、幕府と和親条約を締結し下田、函館の二港を開港
1856. 8 (安政3)ハリスが日本最初の米総領事として柿崎玉泉寺に着任する
1857. (安政4  「お吉」鶴松との仲を裂かれ領事館へ
1858. 4 (安政5)井伊直弼大老となる、9月安政の大獄始まる
1859. 6 (安政6)横浜が開港される。ハリスは公使となり、江戸麻布善福寺へ移る。
12月下田閉港
1859.10 (安政6)吉田松陰、橋本左内等刑死
1860. 1.13(万延元)咸臨丸アメリカ向け出帆、勝海舟、福沢諭吉、中浜万次郎等
1860. 3.24(万延元)桜田門外で大老井伊直弼暗殺される
1866. 5.22(慶応2)吉良の仁吉、伊勢荒神山の喧嘩で鉄砲で撃たれた上、斬られて死亡28歳
1866.12. 5(慶応2)徳川慶喜将軍となる
1867.11.15(慶応3)京都にて坂本龍馬、中岡慎太郎暗殺される
1867.12. 9(慶応3)王政復古の大号令、将軍慶喜辞職
1868.10.13(明治元)明治天皇東京に着し、江戸城を皇居とする
1868. (明治元) 「お吉」28歳、鶴松と横浜で同棲
1869. 5.11(明治2)函館の激戦で土方歳三戦死
1871. (明治4) 「お吉」31歳、鶴松と共に下田へ。髪結業を営むが夫婦仲悪し
1875. 9.19(明治8)新門辰五郎死去 享年75歳(83歳とも)
1876. (明治9) 「お吉」36歳、鶴松と別れ、三度芸妓、三島金本楼に住む
1877. 9.24(明治10)城山陥落し、西郷隆盛、桐野利秋は自殺して西南戦争終わる
           (3月20日田原坂の戦)
1878. (明治11)「お吉」38歳、下田に帰り再び髪結、傍ら宴席に出る
1882. (明治15)「お吉」42歳、安里良の船主亀吉の後援で料亭安直楼を開く
1884. (明治17)「お吉」44歳、安直楼廃業
1889. (明治22)「お吉」49歳、乞食の群に入る
1889. 7. 1(明治22)東海道本線全通
1891. 3.27(明治24)「お吉」51歳、稲生沢川、門栗ヶ淵に投身
1893. (明治26)清水次郎長死去(74歳)
1906. 1 (明治39)「おりょう」横須賀で死去(66歳)

以上、2006/9/14 演歌桜・亜矢桜に投稿

津軽のふるさと

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

夜桜挽花さま、皆さまこんばんは。
亜矢姫コンサートのチケットの入手が難しくなってきたとか、いよいよ亜矢姫人気で日本中沸き立つ
日が近づいて来たのでしょうか、あの唄声を聞いてしまえば十分に納得できることではありますが、
‘みづは’様のプラチナ級の表現、成程ですね。
昨晩の亜矢姫「津軽のふるさと」、本当に素晴しかったですね~。今日は何度も聞きなおしていまし
た。あの船村先生の満足げなお顔も、こちらの勝手な解釈ながら印象に残りました。

ところで、ちょっと気がついたのですが、昨夜の「津軽のふるさと」はCDに収録されている楽曲と
は約30秒短縮された新バージョンになっています。CD収録版は京建輔さんの編曲ですが、今度も
やはり京建輔さんでしょうか、ピアノ、ギター、ヴァイオリンが効果的に使われていてより感動が深
いものになっています。
亜矢姫もファルセットを随所に使われていて、過去の唄い方とは少し違っているように感じました。
作編曲者の注文通りに如何様にもうたいこなす感じで、皆さまがよくおっしゃるプロ中のプロの面目
躍如でした。

亜矢姫の歌でいつも思うのですが、バンドとの調和がとても良くて、どちらかが一人歩きすることも
なく、絶妙の調和をもって唄われますから、バンドの方も乗りに乗れる。
通常のCD録音はアフレコで行うそうですから、生で聞く場合は、その掛け合いが聴く方の感動を更
に深いものにするのだと思います。
この曲も「美しい昔」に通じるような、とても美しい編曲と感じましたが、亜矢姫ならではの歌唱が
一段と冴え渡り、まさに芸術と感じました。

・・・芸術論は哲学的に考えるととても難しいものらしいですが、芸術とは‘単なる快楽である’と
考える先生もいるようですから、音楽において高級だ、低級だ、などと考えるのはナンセンス、人が
感動できるものであれば、それが芸術・・・

ところで、NHKは放送後2年を経過した番組は著作権の関係で再放送しないとのことですから、皆
さま、録画は必ず残しておきましょう。いずれ貴重なお宝映像になります。
‘シブヤらいぶ館’新聞の番組案内では「島津亜矢▽故郷へ届け・涙の熱唱」となっています。期待
が膨らみます。
私ごとですが、リサイタルは名古屋と大阪、それと金沢コンサート(昼)の鑑賞を予定しています。
多くの皆さまとお目にかかれるのを楽しみにしています。その節はよろしくお願いいたします。

2006/9/10 演歌桜・亜矢桜に投稿
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    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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