亜矢姫随想(2)

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

夜桜挽花さま、皆さまこんにちは。
各サイトがちょっと寂しく、連休でお出かけの方も多いのでしょう。私は家で亜矢姫三昧です。
随想なんて、なにか大仰なスレ立てですが中味の薄い独り言ですのでお時間があったらおつきあい下さい。

下はテイチクサイトにある「こぶしでdeねっと」島津亜矢さんのページにある紹介文の一部です。
1998年7月“ AYA in Symphonic ENKA by NORIO MAEDA”それは天才・前田憲男さんのアレンジで
“亜矢えん歌”を聞いて頂こうというものであった。“クラッシックホールに耐え得る歌唱力とその音楽性
が絶対的な条件となる天才と申し子の顔合せ”。他のものと比べることのできないコンサートとなり、大成
功を納めた。前田憲男さんより素晴しいお墨付きを頂いた。常に“トライ”の精神が旺盛で、“トライして
は自分のものにしてしまう”これが彼女の魅力の一つになっている。

今から9年前のことで、会場は“すみだトリフォニーホール”1801席。
こんな夢のようなコンサートがもう既に行われていたのですから驚きです。この当時の亜矢さんのことをご
存じの方は今ほど多くはなかったと思われますが、観賞された方々はさぞかし深い感動をされたであろうこ
とは容易に想像できます。
幼少の頃から天才と謳われ、デビューの年に初のリサイタルまで行っていますから、余程の実力の持ち主で
あった事がうかがえますが、広く世間に知られるようになったのが何時頃からなのかは、古くからのファン
のみぞ知ることです。

亜矢姫さんの歌手としての活躍の一端に、NHK「BS日本のうた」での数々の名曲を唄われるという実績
があります。それらの一部は特別にCD化されており、いつでも耳にする事ができますが、特筆すべきは楽
曲によって亜矢バージョンとして特別の編曲が施されていて全く感覚の違う曲として聞かせてもらえること
があることです。
例えば「船頭小唄」「美しい昔」「イヨマンテの夜」「見上げてごらん夜の星を」等多数あります。
そのうち、強く印象に残る曲もあって「船頭小唄」などは出だしジャズ風で進行し最後は一定のリズムでパ
ターンを刻むボレロ調、圧倒的に素晴しい編曲と亜矢姫の減り張りのきいた歌唱が震えるような感動を呼び
起こして、古い歌が現代に蘇えりました。「美しい昔」は、ベトナム人の作曲で天童さんの歌で知られます
が、こちらは、とてもとても美しいバラード調に編曲されています。
いずれも“京 建輔”さんの編曲になりますが、京さんはすこし前まで「BS日本のうた」のバンドの指揮
もされ、亜矢さんのリサイタルでの作曲やアレンジも担当されていました。また、リサイタルでの指揮もさ
れたことがあります。

このように、BS放送でも亜矢さんに唄わせるために特別の用意がなされ、視聴者サービスが行われること
があります。この様な編曲は、どなたの意思がどのように働いて実現されたのかは知る由もありませんが、
NHKさん側の担当プロデューサー或いはディレクターさんが当然に関わっていることは想像できます。
歌の演出における創作意欲に溢れた方々の思いが京 建輔さんを動かし、あのような感動的な歌に仕上げて
私たちに聞かせてくれたと思うのです。NHKさんの良い歌を視聴者にという情熱と粋な企画が、あの感動
を与えてくれたと私には思えるのです。
ワンマンショーの感動も忘れ難く、時々味わせてくれるあの感動を早く早くという願望は常に心に溢れてい
ます。しかし最近のNHKさんは、色々の面で私たちファンの思いを満たしてくれず、ちょっと寂しい気が
しています。

司馬遼太郎さんの小説に千葉周作を主人公にした「北斗の人」があります。
このなかで司馬さんは、あまりにも感動的な名文句を周作の父幸右工衛門に語らせています。これは過去「
感謝状」サイトでも紹介させてもらいましたが、再度引用してみます。

・・・まだ若い千葉周作に父幸右衛門が言います。・・・
「一人の才能が土を割って芽を出し、世に出てゆくには、多数の蔭の後援者が要るものなのだ。ところが才
能とは光のようなものだな。ぽっと光っているのが目あきの目にはみえるのだ。見えた以上何とかしてやら
なくちゃ、という気持ちがまわりにおこって、手のある者は手を貸し、金のある者は金を出して、その才能
を世の中へ押し出してゆく」~「それが私のことですか」
・・・周作はどんな顔をしていいかわからない。・・・
「お前のことさ。いや厳密にはお前のことじゃねえ。お前の才能のことだ」
才能は世の中の所有(もの)だ、公器のようなものだ、だからこそ世の中の人は私心を捨てて協(たすけ)
てくれる、自分のものと思わずに世の中のあずかりものだと思って懸命に磨け、恩を報ずるのはそれ以外な
い。・・・
以上のところ、グットくる名文ですね、私など亜矢さんが周作さんとダブって感激してしまいます。

亜矢さんの場合も、この才能に手を貸す多くの方々がいます。親とも仰ぐ星野先生を筆頭に、作詞作曲の先
生方、北島三郎さん、小柳ルミ子さん、他に数え切れないほど多くの才能あふれる支援者がいることでしょ
う。
先の前田憲男さん、京 建輔さんもそうだと思うし、目に見えてこないがNHKさんにもおられる筈、こう
した多くの支援者に支えられて亜矢姫は未踏の境地を切り開いていきます。どんな未来が開けていくのか想
像もつきませんが、必ず期待に添うポジションに立たれることは間違いないと思うのです。

喜怒哀楽の表現に歌は無くてはならないものだと思うけれど、姫の唄には感情を同化させる何かがある。
コンサートに足しげく通い、公演は昼夜参加される方も多いのですが、私の知る亜矢友もそのお一人で、1
回目の公演では姫の声が出たところから、情感こみあげて涙が出てしかたなく陶然としながらの観賞になり、
2回目の公演になってやっとまともに唄が聴けるのだと言われる、とても感受性が豊かで鋭い方です。
きっと、こんな方が大勢コンサートリピーターとしてお出かけなるのでしょう。亜矢さんも感受性豊かな方
だと思うけれど、きっと通じるものあるのですね。
とにかく集う人々に感動という何物にも変えがたい悦楽を与えてくれるのが、亜矢ワールドの不思議な魅力
なのだと思うのです。こんなことからも全国でファンの輪は広がり続けているのが自然なことに思えます。

多くの亜矢ファンは、あの声、あの唄、あの人柄に熱い思いを寄せて今日も話題に花を咲かせます。
それにしても、前田さんとのコラボレーション、新しいファンのために是非再演して欲しいものです。
それと、新曲がでたら是非購入しましょうね~、日頃から思っていることですが、せめて10万枚売れれば
暮れのNHKさんも無視出来ない筈、ファン一同力を合わせて紅白に送り出そうではありませんか。

以上、2007/5/3 演歌桜・亜矢桜に投稿

亜矢姫随想(1)

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

皆さま、連休楽しんでおられますか。
亜矢姫のコンサートも北海道で一段落、ファンの皆さまもしばらくは我慢の時が続きます。姫様も充電、フ
ァンも充電、あらたな気持ちで迎える次のコンサートはまた一段と新鮮で感動深いものになるのではないで
しょうか。

さて私は、ある亜矢友さまのご好意で、過去色々のラジオ放送局に亜矢姫が出演しインタビューに応えられ
た様子の録音テープを聞かせてもらっています。なかに、興味深い内容がありますので少し拾い出して紹介
させて貰います。
デビュー15年頃のインタビューでは「亜矢・美空ひばりを唄う」の制作に関して語っておられますが、
‘ひばり’さんの曲を唄うというのは本当に特別なことらしく、レコーディングするのにはレコード会社と
か事務所さんとか‘ひばり’さん側の審査もあるとの事で、まあ、特別にオーディションを受けると言う事
でもないようですが、とにかく関係者が承諾しないと駄目という話もありました。
こんな事からも、誰でもが簡単にレコーディングさせて貰える事ではないらしいことが、このインタビュー
から分かります。それを歌わせるのに相応しい力がないと駄目というのはアナウンサー氏の話、普段何気に
聞いているこのCDですが、こんなエピソードもあったのです。

別の話しでは、「道南夫婦船」の“ア、ヨイショ”の掛け声に男性コーラスが入っていて、この一員に星野
先生が参加されているとのこと、あと二人は作曲の荒井先生とディレクターさんだそうです。
ちょっと聞きなおして確認しましたが、なるほど男性の勇壮な掛け声が聴こえます。こんな豪華な?コーラ
スが入っていたとはラジオ聞いた人しか知り得ないことで、面白いです。

このように、ラジオ放送は普段聞けないことがいっぱい聞けて非常に良い面があります。
「流れて津軽」、作曲は村沢良介(チコ早苗)先生、この歌約20年前に出来ていて既に8人ほどの方が歌
っておられるそうですが、私は姫の歌が出る直前に曲調が知りたいばかりに‘清水まりこ’さんのCDを買
いました。その後ウェブサイトのお薦め新譜で亜矢さんの歌のさわりの部分を聴いたのですが、あまりの迫
力に圧倒されたのを鮮やかに思い出します。以後の成り行きはご存じのとおりです。

氷川さんの歌の作曲で有名な水森英夫先生が「チップイン歌謡曲」というラジオ番組を持っておられます。
昨年のこの番組の中で「流れて津軽」は島津亜矢が唄うと違う歌になってしまうね~と話されていたのを思
い出します。この歌を出す時も、候補曲が幾つかあってディレクターさん他、亜矢さんを含めてのスタッフ
会議の中で、何度かこの歌を聞きなおして急遽出すことが決まったらしいのです。いわゆる戦略会議で決ま
ったということですが、こんなことは他の歌手の方でもあるのでしょうか?、新譜出すにも相当に検討され
選ばれたものが出されるということが分かり新鮮です。この話は亜矢さんも他所で何回か話されているよう
ですから、ご存じの方も多いでしょう。

亜矢姫にはライフワークとなっている「名作歌謡劇場」シリーズがありますが、これについても曲目が決ま
った段階で作曲の村沢先生がテーマとなっている物語のあらすじを亜矢さんにレクチャーし、何日か経って
レコーディング入ると言います。自分なりの解釈で自分なりの表現をイメージし、充分に気持ちが乗ってき
たところでレコーディングに入るというプロセスがあるようです。
また、特定の具体的な場面のものは見ないとの事ですから、このことなどは亜矢姫の独創性の真骨頂といえ
るものではないかと思います。セリフの入る歌は、出だし、調子、間のとり方が絶妙で唄との一体感も見事
に融和していて、本当にこの上手さだけは、そう簡単に真似のできるものでは無いと感じさせるものがあり
ます。
あの声もしかり、人の声を上回る楽器は無いと言いますが、亜矢姫の歌声はまさにこれを感じさせ、見事な
歌唱力と相俟って、酸いも甘いも知り尽くした大人達を引きつけ酔わせる要素となっているのでしょう。

さて、コンサート、リサイタルでは構成演出が極めて大事な要素となるようです。歌唱する曲目とか構成、
演出はお母さんも含めそれぞれの先生及びスタッフの方が考えるそうで、ご自分の希望はごく僅か、入るか
入らないかの程度だと話されます。
自分が胸を張って唄える好きな歌とかは自分の中で決まってしまい、範囲が狭くなる。周りの人達が唄わせ
て見たい、聴いて見たいという他人の主観で構成されていたほうが、お客さまにより楽しんで貰えると思う
し、その方が良いと思っていると話されます。

この話を聞いて感じるのですが、例えば歌い手さんが自身で作曲し自身が歌唱する場合、おそらく自分が一
番気持ちよく唄える音域でしか、作曲しないのではないかと考えられます。それでも、まぐれ当たりする場
合もあるかも知れませんが、そう何度も続くとは思えません。また、若いシンガーソングライターの方が超
人気を得ている場合もありますが、これは夜空に上がる花火のようなもので、いつまでも輝いてはいられま
せん。
やはり餅は餅屋、それぞれの専門の方が作られたものの方が、感覚が多彩でより魅力的なものになる筈で、
色々のアドバイス、協力が得られ発展性も大きいと思うのです。
亜矢姫のお考えは全く妥当で謙虚なものに思え、成程とうなずかせるものがあります。それにしてもこの若
さでこの思想、やっぱり大器ですね。ますます感心した次第でした。

以上、2007/4/30 演歌桜・亜矢桜に投稿

人間の一生(詠み人知らず)

twitterで北尾吉孝さんをフォローしていて偶に読ませてもらっています。北尾さんはライブドアの前社長
堀江貴文氏がニッポン放送について敵対的買収を仕掛けた時に「白馬の騎士」として華々しく登場した方で
したから記憶に新しく、人となりに興味をもちます。
氏は哲学者森信三さんを信奉されておられるようで、その語録をtwitterに連載しておられますが、さて森
信三さんとは如何なる学者さんでしょうか、wikiを開いてみたところ、下の文章(人生訓)に出くわしまし
た。
森信三は、徳永康起遺文集にも記載されている通り、以下の文章を精力的に広めることを推奨していた。と
書かれています。

人間の一生(読み人知らず) 
職業に上下もなければ貴賤もない。世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。
しかし、どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。それから十年本気でやる。
すると四十までに頭をあげるものだが、それでいい気にならずにまた十年頑張る。
すると五十までには群を抜く。しかし五十の声をきいた時には大抵のものが息を抜くが、それがいけない。
「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた十年頑張る。
すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。だが、月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが
、それから十年頑張る。
すると七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。しかし、それからまた、十年頑張る。するとこのコース
が一生で一番面白い。

私など、時に流されて何となく過ごしてきてしまった感じで、全く月並みの人間の典型だと感じるのですが
、お若い方にはこんな語録があるよ!と教えてあげたい。いや、志ある全ての方の糧になる言葉だと思えば
肝に銘じなければならない思う。
もっとも、私などは人様のお役に立つことなど何も出来ないから、せめてボケずに生き、家族世間さまに迷
惑をかけず、少々の楽しみを得て過ごせれば良しとしますか。
他事ながら、特に非凡な才能をお持ちの亜矢姫には声の続く限り上の如くであって欲しいと願うのですが、
決して我儘な言い草ではないと思います。すなわち、多くのファンが世のため人のために役立ってもらいた
いと望んでおられる筈ですから。

北尾吉孝 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog489.html

森 信三 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E4%BF%A1%E4%B8%89

徳永康起 http://www.y-ohkawa.jp/essay/H13.10.9jinseinidonasi.htm

09/13のツイートまとめ

kinsyuu3

ソロパート、この曲を鮮やかに印象付けるインパクトがあります RT @tphomma トランペットソロ担当しています。恋慕海峡 ~ 島津亜矢 http://t.co/tM1AqWX
09-13 23:10

溝口健二監督作品「残菊物語」

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

つい先日、溝口健二が監督した映画「残菊物語」を見ました。1939年作146分のビデオ映画です。
今度の亜矢姫の新譜は村松梢風原作「残菊物語」を題材に“お徳”になるということで、これは、是非にと
思いレンタル屋さんで借り出して鑑賞した訳です。
原作はわずか35ページの短編らしいのですが、今となっては文庫本等ではなかなか手に入れるのは難しい
と思い、手っ取り早く映画にしたのでしたが、これまた今時流行らないビデオテープでした。

溝口健二さんについては、評論家によると黒澤明、小津安二郎とならぶ邦画三巨匠のひとりとして、溝口の
名は今も世界で知られていると言います。昨年NHKのBS2で「没後50年 溝口健二監督特集」として
代表作11作品が放映されましたので、きっとご覧になられた方も多かったと思います。その内、最後に放
送されたのがこの「残菊物語」でした。私は残念ながら「雨月物語」「近松物語」「山椒大夫」以外は見な
かったので、こんな形で亜矢姫の歌が出ると知っていたら、見逃す筈は無かったのにな~と思いつつ、やっ
と鑑賞したのでした。

明治期の歌舞伎界を舞台にした芸道物語、5代目尾上菊五郎の養子であるというだけで周りからちやほやさ
れていた菊之助は、噂ばなしとして自分の芸の拙さを指摘してくれた乳母のお徳(6代目菊五郎の乳母)の
言葉に自身の芸の未熟さを悟ります。以来、嘘をつかず誠の言葉で伝えてくれたお徳に愛情を感じはじめ、
何かと親しくし始めるのですが、それを知った養母はお徳に暇を出してしまいます。

菊之助は芸を磨こうと半ば勘当同然になって家を飛び出し、大阪の上方歌舞伎の知人を頼ります。この後を
お徳は追いかけて一緒に暮らし始めるのですが、許されぬ仲の二人です。頼っていた上方歌舞伎の家元が突
然亡くなってしまい、二人は旅芸人の一座に入って生活を支えます。が、当然生活は荒みます。
将来、夫の栄光は必ず来ると信じるお徳は必死に耐え忍びますが、この頃から次第に体を病んでいきます。

献身的にありったけの力をふりしぼって、夫のために奔走するお徳、やがて菊之助は名古屋の舞台で絶大な
評価を得て、大阪道頓堀で凱旋興業のため晴れの“船乗り込み”を行うのですが・・その頃・・お徳は・・
晴れの“船乗り込み”と死の床で遠くお囃子の音を聴くお徳、やっと許された仲なのに、この対比が暗い画
面に映し出されていやが上にも、哀れさが募ります。

映像はいかにも古臭く、音声も解りにくいところがありますが、セットなどは手抜き無しの重厚さを感じま
すし、古き明治時代にタイムスリップできる良さがあります。フェードアウトする場面が多く、今時の映画
のような、たたみかけるようなスピード感はありませんが、それなりに話の筋書きはよく解ります。
当時のキネマ旬報邦画ベストテン第2位。まだの方、どうぞ映画をご覧になって下さい。

“お徳”の名は歌舞伎と人形浄瑠璃で演じられる「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)・土佐将監閑居の
段」の中の役どころ浮世又平の女房としても見えるそうですが、こちらも夫を盛り立てる献身的な女性とな
っているようです。村松さん、きっとこんなところからも“お徳”の名前のヒントを得ているかも知れませ
んね。

さて、亜矢姫の「お徳」は如何に、
一つの題材を基に、舞台あり、映画あり、歌舞伎あり、人形浄瑠璃あり、それぞれその芸術の特性を競いな
がら一般大衆に感動という喜びを与えてくれます。亜矢姫がライフワークとする名作歌謡劇場シリーズはそ
れぞれが僅か6~7分の歌世界ですが、その芸術性においては何の遜色も無いのではないかと思うのです。
その積み上げられた一曲、一曲がとても素晴らしいと感じるのです。今度の「お徳」がどんな楽曲になって
いるのか、期待が高まります。

数日前のある日刊紙のコラムに作曲家三木たかしさんの話が掲載されていました。すこし引用します。
三木さんは昨年、下咽頭がんを患いました。経過は良く声帯も半分残った。「拾った命」と語る三木さんは
「この病気になってやっと音楽のために戦う覚悟ができた」という。
“失われた十年”は歌の世界にもあった。歌い継がれるヒット曲が出ない「我々の反省も込め音楽業界は志
低くどこかで歌をなめきっていた。もっと熱い思いがないと何の価値もない」
三木さんの悲壮感が、名コンビ荒木とよひささんの歌詞と出合って「さくらの花よ 泣きなさい」という曲
が生まれた。・・・との記事がありました。三木さんはこのように心情を吐露されています。
外からは量れないところもありますが、読み手は素直に受け取るべきでしょう。

思うに、このごろの歌はほとんどがカラオケファン志向で、どんな歌を聴いても似たような曲ばかりで、代
わり映えがしない。きっと、どこかのフレーズを切り離してきて、あちこちくっ付けただけと感じる曲が多
いと感じるのは私だけでは無い筈。こんな中では大ヒットなど生まれる訳がないと思うし、まぐれ当たりを
狙うだけのことでしょう。
この頃は若手のシンガーソングライターの作品がバカ売れする時代となってしまって、プロの作詞作曲の先
生方の影が薄い。こんなところに今の歌謡界の衰退があるのではないかと思われますが、こんな中で、三木
さんの言葉が一石を投じることになれば幸いと思います。

一方亜矢姫の歌、特に名作歌謡劇場などは歌謡文化を芸術たらしめる崇高な志操があると思うのです。聞き
手に媚びない姿勢で押し出していくところが素晴しいと感じます。プロデュサーの方を中心に製作に携って
おられる先生方及びこれを歌唱する亜矢姫さんに拍手喝采を送りたい。演歌・歌謡曲の神髄がここにありま
す。
マスコミがどうであれ、NHKがどうであれ、一般視聴大衆は良いものは良いと厳しく峻別しています。
亜矢姫のコンサートの盛況を見れば一目瞭然ですね。あの歌声、あの上手さ、あの明るさ、あの真摯な態度
、こんな亜矢姫にファンは心酔し、どこまでもついていくのです。もし、まだ知らない人がいたらこの素晴
しさを教えてあげたい・・・
今、テイチクさんでは“亜矢祭”を企画中といいます。いつごろ、どんな企画があるのか、とても楽しみで
す。

以上、2007/3/25 演歌桜・亜矢桜に投稿
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    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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