指揮者とバンドのこと

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

みづは様、やっぱり“魂”ですね~。
私の場合、コンサートや生収録の会場にはあまり行けず、行かず?、もっぱらテレビの前に居座ってばかり
いますので、ここへ出させてもらう場合は、メディアを頼りに少しばかり判ったことを知ったか振りして、
あれやこれやを話題にしたがるという、人頼みの悪癖に陥りがちになっています。
こんなのをオタクのゴタクとでも言うのでしょうか、自己満足に過ぎない些細なことを書いていますので、
ワクワクするような新鮮情報は何もありません。ただ、亜矢姫に関することを中心にしていることには違い
ないので、お時間のある方は暫しお付き合い下されば有りがたいと思います。

今日は、加茂市からの放送のことや日頃感じていることを少し書かせてもらいたいと思います。

加茂市からの「BS日本のうた」のスペシャル・ステージ、大絶賛の嵐で、ここでのお二人のバトルは伝説
となって長くファンの間で語り継がれることでしょう。あれ以来、毎日録画を見ていますが感嘆の独り言で
酔いしれています。それにしても、秋川さんの亜矢さんに対する賞賛の言葉が心に残ります。
それと“たかしまあきひこ”さん指揮のBSバンドと“井川雅幸”さんのピアノも歌をさらに引き立ててい
たと思います。

井川さんは布施明さんのコンサートではバンドマスターをされているらしく、作、編曲もなさるそうです。
たかしまさんは、北見での放送時も指揮をされていましたが、この方、昔、山本直純さんの助手をされてい
たそうですから元々クラッシック畑ですね。とても素晴しい指揮をされます。
北見での「立花左近」の終わりのところで、亜矢さんとバンドとの掛け合い的なところがありましたが、も
のの見事にピタリ、ピタリと決まって、なんとも気持ちが良くて素晴しかったと思います。

比べて、火曜コンサートのバンドさんは、私の気のせいかもしれませんが時に歌い手を構わずに少しずつ早
く走るきらいがあるように感じる時があるのですが、これは私だけでしょうか。亜矢さんの場合は見事に合
わせてしまいますから何事もなく終るのですが、普通は逆ではないかと思います。
しかし、この放送は生番組ですから双方とも緊張の度合いは凄いのでしょう、あまり詮索してはいけません
ね。・・これは素人の戯言。

「BS日本のうた」の指揮者は他に京建輔さんもおられるし、もうお一方おられるように思います。きっと
、ローテーションが組まれているのでしょう。亜矢さんは、たかしまさんとの巡り合わせが多い気がします
が、京さんとの繋がりも深いと思います。

こんな大きな歌番組になると、企画から始まって収録が終わるまでに関係するスタッフの皆さんの準備は大
変なものがあると思われます。
バンドさんにしても音合わせや練習はしなければならないでしょうし、その前に編曲者が編曲を行い、それ
が終わればそれぞれのパートの楽譜も作らなければならない、いろいろ想像してみると、とても多くの方々
の力がなければ成り立たないですね。
普段、何気に視聴させてもらっていますが、関係者の皆さんの努力は大変なものがあるのだろうと想像しま
す。改めて感謝しなければなりませんね。もちろん、大量のお金を投入してくれるNHKさんにも。
将来、NHKBSチャンネルがひとつ減るそうですが、私は、この番組だけは残して欲しいと、お願いのメ
ールを送ったところです。

バンドの話ついでにもう一つ、先日、ある亜矢友さまに勧められてジュリー・アンドリュースさんとNHK
交響楽団が共演した再放送を観ましたが、指揮者を含めバンドと歌手が互いに相手を讃え合いながら、ショ
ーを進めていくという形をとっていました。
文化の違いからか日本ではあまり見られない光景のような気がしましたが、バンドとの調和もコンサートで
はとても大事な要素ですね、どちらが主張を強めても、引っ込んでも聴きづらくなります。
昨日、BS朝日放送で素人さんが(それなりに音楽をたしなんでおられる方々)オーケストラの指揮に挑戦
するという番組を観ましたが、皆さんぎこちなくて、なかなか様にならないのです。当たり前ですが、改め
てプロとは何たるかをつくづくと感じた次第でした。

以上、2008/6/9 演歌桜・亜矢桜に投稿

新「亜矢姫伝説」

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

皆さまこんばんは。
BS日本のうた、スペシャル。絶賛の声につられて遅まきながら私も少しお仲間に・・・
その前に、今NHK大河ドラマ篤姫が面白いです。聡明な篤姫、このドラマをみていると何故か亜矢姫のこ
とを思い出してしまい、この聡明さがダブってしまいます。
以前、亜矢姫は冗談ともつかず本気ともつかない話しぶりで、“昔なら姫様”なのですと宮本アナウンサー
に話したのを思い出しますが、まあ、篤姫はどっちにしても熊本の島津家の姫様には違いはないのですが、
ルーツを辿れば亜矢姫もきっと鹿児島に行き着くのではないかと想像します。本当のところはどうなのでし
ょうか。

BS日本のうた、秋川さんとのスペシャルショーを堪能させてもらいました。
初めから終わりまで息を凝らして聴いていましたが、「荒城の月」、「イヨマンテの夜」とつづく、あの声
を聴くと一声も聞き漏らすまいと思う緊張感がみなぎってきて、もうゾクゾクとしてきます。
哀愁波止場は寒気がするほどの美しいファルセットが身に迫って体も凍る思い、こんな緊縛感を覚えたこと
は、あの北見の放送以来か、それから「ヨイトマケの唄」、美輪明宏さんも“今このとき”に“この歌いっ
ぷり”で亜矢姫を聞くことになろうとは思いもよらなかったでしょう。きっと想定外のことで嬉しい満足を
されているのに違いないと思うのですが、この唄も言うに及ばず素晴らしい。

「千の風になって」は秋川さんとのハーモニーがとても美しく聞き応えがあって感動したけれど、亜矢さん
の独唱も秋川さんのとは違った雰囲気で唄われて、とても素晴しかった。
それと、つくづく感じたことですが、亜矢さんは全体を通して、相手に惑わされることなくご自分の唄のス
タンスを微塵も変えずに唄われた。思えば、秋川さんは年上ではあるが歌手としてのキャリアは亜矢さんの
方が長い筈、亜矢さん一流の控えめな態度ながらも滲み出るオーラは貫禄充分、大劇場公演や地方公演を数
多くこなしているからどんな場面でも全く動じない、少し涙を流すこともあるが、これは今この場にいる自
分自身に感動するからだと思えます。それ程にご自身の感性は鋭いのだと思うのですが、唄いだしたら全く
破綻が無い。これが、プロ中のプロと認識させる所以だと思います。

その他、やんわりとリードする場面はいくつもありました。これがまた、とても印象深くて、これはもうま
さにスーパーエンターテイナーの姿そのものと感じた次第でした。

亜矢さんの唄は、聴く者をぐいぐいその世界に引きずり込んでいく、あの表現力が凄いのは誰もが認めると
ころだと思いますが、ある音楽家のブログで亜矢姫の唄を“超絶技巧”と評していました。
人間の声をあたかも楽器奏者のような表現を使われたのが印象深いのですが、さらにまた、あるサイトでは
“技巧と魂の融合”だと言われる。
技巧と魂、音楽では両極にある感じがするけれど“技巧と魂の融合”と言われると、成る程上手い表現をな
さるものと感じ入ってしまいます。特にこのヨイトマケを聴くとき、これほど適した言葉はないように思え
るのですが、如何でしょう。

今回の競演で、亜矢さんが聴かせてくれた歌はご自身が持つ広い広い歌世界のほんの一部を垣間見せてくれ
ただけで、ましてご自身の持ち歌は無し、ファンだれもが知っているあの歌、この歌、を聴けなかったこと
は残念だけど、いずれ思い切り聴かせてくれる時も来るでしょう。
亜矢姫を知らない人は一度ジックリと聴いてもらいたいと思います。今度のスペシャル、また新しい“亜矢
姫伝説”を生んだことは間違いない。NHKさまにお礼を申し上げねば!!と思います。

以上、2008/6/2 演歌桜・亜矢桜に投稿

鶴八鶴次郎(4)

・・・十二時に近い夜更け、上野山下の桜川という腰掛の呑み屋で、佐平と鶴次郎とが差しで二人とももういい加減に酔っていた。
「馬鹿だよ、お前さんは全く馬鹿だ、これほどの馬鹿とは思わなかったんだが……」
「つくづくあきれ返ったか」
「呆れた。腹の底からあきれた」
「あれほど乗り地になって来たお豊さんを、怒らせるのが馬鹿の証拠だ、ちとやそっとは腹が立っても我慢して、たとえなだめながらでも帝劇へ出ねえという話はねえ、せっかくお豊さんがお前のために名人会へも出てくれたし帝劇へも出ると云うんだ。いくらお豊さんの芸が拙いからといって……」

「拙くはねえんだよ」と鶴次郎は佐平の言葉を押さえつけて、
「拙いどこじゃねえ、鶴八は名人だ、これから先、女の芸人であれほどの奴は決して出て来やしねえ」
「だって、さっきはお前……」
「あれは嘘だ、心にもねえ嘘を云っていたんだ」

・・・あきれて、佐平はまじまじと鶴次郎を見つめるばかりだった。

「三年前の新富座で、俺は鶴八と喧嘩した。木遣りの受けが拙いと云って、今日と同じ喧嘩だったが、三年たった今日の赤坂じゃァ、荒んだ俺の語り口より、お豊の方がはるかに上手だ、あいつの方が芸は上だ、本当の事を云えば、全く感心しちゃったんだ」
「それだのに、何だってお前はまた、あんな事を……」
「云わなきゃァお豊は芸人に逆戻りする。亭主がいけねえと云ったら離縁を取って舞台へ出る――お豊は俺にそう云うんだ」
「そう云ったのか」
「云った、確かにそう云った」

「佐平」
呼びかけた鶴次郎が、ふっと目を伏せてしんみりと、
「落ちぶれた三年の間に、俺はしみじみと芸人がいやになったんだ。長い盛りのある仕事じゃァなし、盛りを越した芸人の惨めさは、まだ鶴八にはわからねえ、俺にしたってあいつが芸人に戻ってくれりゃァ、昔の人気を取り返す自惚れはたっぷりあるが、盛りをすぎた先を思えば、目先の出世は目に見えても、生涯の幸福にはならねえじゃねええか」
「…………」
「せっかく、松崎という立派な御亭主を持って、黙っていれば生涯奥様と呼ばれてくらせる身の上の鶴八だ。女にとってこれ以上の出世はねえ、芸や、人気が何になる。盛りの短い目先の欲で、可愛い女の生涯を踏みつける事は出来ねえ」
「…………」
「お前も知っているだろう、俺はお豊の外には女に惚れた事が一度もねえ、つまらねえ口喧嘩から、別れ別れになってはいても、俺はいまだにお豊に惚れている。芸が拙いと云ったのも、覚悟の上で仕組んだ芝居だ。あいつはもう生涯、舞台へは出なかろう。松崎の奥様で幸福に死ぬだろう。それが何よりだ。何よりの出世だ。佐平――お前、そうは思わねえか」
「…………」
「そう思ってはくれねえか」

「うん」かすかに佐平はうなずいて、短冊形のテーブルに目を落としながら、
「判ったよ」小さい声でつぶやいた。

「六日間の名人会が俺と鶴八の死に花だ。俺はそれで本望なんだ。どうせ俺一人じゃァ竹野も構っちゃァくれなかろう。が、ナーニ、流しをしたって食うには困らねえ、女とちがって男一匹だ、佐平」
きらりと光った涙を右手の甲になすりつけると、・・・・・二人はまた、しみじみと呑み交わす。


芸人は一度スポットライトを浴びたら、それはもう忘れられないものになる、という話を聞いた事がある。
芸を披露して、乗りがよくその極限の境地にいたると、何ものにも替えがたいエクスタシーを感じるのではないかと想像される。
だからその味をしる者は、全てをなげうってでも、その世界に浸りたいと思うに違いない。まさに、この鶴八が心の偏狂を来し芸に固執したのも、この境地を忘れられなかったからに違いないと思える。
しかるに、その芸を貶されれば、自負がグシャグシャになり、全てをほうり投げてしまう。あれほど、一緒にやろうと言った相手、鶴次郎までもバッサリと心の外に追いやってしまう。
ほんに、芸とはすさまじいはものだと感じ入る・・・

先日偶然に、鬼才といわれるロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーさんがNHKに出演した際のインタビュー放送を観たが、この中で彼は「ライブはエキサイティングでアドレナリンが出るので好きです。音楽家の多くはギャンブラーのように、いつもアドレナリンを求めてしまうのです」という話をされていたが、芸術、芸能者の本質はまさに、これだなと納得させられてしまう。われらが島津亜矢さんも、きっとこの例外ではないでしょう。いつも、あれだけの喝采を浴びつづけるのですから・・・

さて、この小説の中の鶴次郎さん、名人と言われながらも、二人一緒でなければその真価を発揮でないのだが、あえてそれを承知で自分を殺し、好きな鶴八の生涯の幸せを願って、名実ともに別れていく。
この心情、しびれますね~。まさに、男伊達だ。
そういえば、こんな場面、映画にもありましたね。「カサブランカ」での、ダーク・ボガードが演じる、
リック。最後の、あの後ろ姿にしびれましたね~。洋の東西を問わず、男伊達はいるものだ。
この映画の製作は1942年、小説「鶴八鶴次郎」は1934年、こちらが少々古い。


以上で、鶴八鶴次郎の話、お終いにします。
さて、亜矢さんの唄でも聴かせてもらいましょう。もちろん今日は、鶴八鶴次郎だ・・・

鶴八鶴次郎(3)

昔の冴えは見せなくても、叩き込んだ芸の力は、衰えたりともなお、当代に並びない一対の芸人とうなずかせた。場末の高座ですさんだと思われた鶴次郎の声量には、むしろ一種の錆を加えて、昔にくらべると陰影の多い魅力の加わった感じが深かった。

「勘弥が聞きに来て、大変感心して帰りました。よろしくいってくれってね」
人気役者の守田勘弥が聞いていてくれたかと思うと、鶴八も鶴次郎も、顔を見合わせて喜びを深くするのだった。

二日目が蘭蝶、三日目が千両幟、四日目は明けがらす、五日目は水月情話で、最後の六日目には、もう一度赤坂をやった。鶴次郎も熱心だったが、お豊もまた夢中だった。
お豊は、今の身分に不満はなかったが、三年ぶりに並んだ次郎さんの、昔に変わらない見事な芸を聴くと、堅気のままに老い朽ちて行く自分の生涯が淋しくなり出した。
「もう一度高座に出て、昔の人気を取ってみようか」

六日の間に、お豊は少しづつ考えた。それとなく次郎に打ちあけて相談すれば、
「私には願ったり叶ったりであるけれど、ご主人が何と云うか」

そして六日目最後の晩の出番直前に、守田勘弥の使いがやってきて、二日目の蘭蝶を聴いて、帝劇の舞台で蘭蝶をやってみたい、出語りに鶴八鶴次郎の二人を使えるかどうか――という下話があり、出られるかどうかとの話が舞い込む。
芸人冥利――場末の寄席に落ちぶれた新内語りにとって、帝国劇場の檜舞台は、一世一代の晴れの場所だ。何を躊躇することがあろう――と、お豊はむしろ不機嫌に、「次郎さん。こんな有難い話はありはしないのだから一生懸命にやろうじゃないか」
「私にはありがたい話だけれど、お前さんでられるかい」
「もしも松崎がいけないなんて云ったら、本当に私は、離縁を取って来る」
お豊はいよいよ真剣に、
「親子代々の芸人なんだから、堅気になろうと思っても、なかなかそうは行かないのかも知れない。蛙の子はやっぱり蛙なんだ」

「三年ぶりに舞台へ出て生き甲斐のある芸の仕事に、私はもう一度惚れ込んだ。次郎さんの傍に並んで、三味線を弾いている気持ちは、堅気の奥様でくらしている女には判らない。むずかしい言葉で云う芸の魅力。この五日の間に忘れていた芸人の血が、私の体中をめぐり出してしまったんだよ、いっそあのまま忘れていたら、生涯松崎の妻で終わったかも知れないけれど、今となってはもう駄目のような気がする、本当に駄目のような気がする」
「芸の中に生まれて、芸の中に育ったんだからねえ」
「帝劇へでも寄席へでもどこへでも出ようよ、次郎さん」
「…………」
「そうしたら、今度こそ私は次郎さんをはなさないつもりだ」

初日には七分の入りだった名人会が千秋楽には補助いす出すほどの景気だった。
そして、千秋楽には吉例の祝い言葉が八方から二人にそそがれた。
「帝劇へお出になるんだそうで、お目出度うございます」佐平が相好を崩して喜びながら、
「竹野の旦那へも私の肩身が広うございます。・・・しかも帝劇の檜舞台で師匠、私は全く夢のように思います」
だが、鶴次郎は佐平を振り返りもせず、「まだ決まったわけじゃないよ」と、取り合わない。

「お豊さん、ちょっと三味線を貸してください」
「どうもあそこがおかしかった。初日の時にもヘンだと思ったが、今日もやっぱりいけなかった」
「どこが……いけなかった」
こんなやりとりから始まって二人はまた、昔のようにいさかいを始める。
「拙いとも、拙すぎる。はっきり云やァなってねえよ」
「三年もやらずにいると、何を云っても芸は落ちる」

三味線を握りしめたお豊の両手がぶるぶる慄え出していた。芸にかけると嘘の云えない鶴次郎が云いたい放題の悪罵を浴びせかける。
真っ蒼になったお豊がもう口もきかずに、さっさと支度をすると、竹野や佐平には目もくれず、千秋楽の挨拶も交わさずに楽屋出ようとする。
追いすがる佐平に、
「佐平さん、私はお前がたのみに来たから出てやったんだよ」
「次郎さんが場末の席に落ちぶれているのを助けてやってくれというから出てやったんだ」
「私が出たからこそ名人会の顔付にものったんだ。いわば恩人じゃないか、それをなんだ、なんだい一体」
「手前味噌もいいかげんにするがいいや、二度と再びでてやるもんか、帝劇だろうと歌舞伎だろうと、恩知らずの畜生とは金輪際一緒にはならないよ」
聞えよがしの大声にどなって、お豊は楽屋の梯子段を駆け下りた。

追いかけて竹野と佐平とが小梅の家へ出向いて行ったが、お豊はもう誰にも逢わなかった。

次のスレへ続けます・・

鶴八鶴次郎(2)

二人は夕食を済ませたあと、涼しい山内を少し散歩した。この時に鶴八が不意にこんな話を切り出すのであった。「あなたには隠していたけれども、私は近々に身を固めようかと思っているの」
相手は上野の山下の金持ちで知られた伊予善という会席料理屋の末の息子、松崎敬二という人だという。
相手方とは先代の鶴八の時からの古い関係だという。
「芸を棄てるのかい」
「そうなれば」
鶴次郎の顔色の世にもみじめな憂いの色に閉じ込められているのは、四辺の暗さにまぎれて明らかには見えないのだった。
「お前に嫁に行かれちまって、一体あたしゃ、あたしゃ誰の三味線であしたっから……明日っから誰の三味線
で……誰の三味線で……」
「止しておくれよ。お豊ちゃん。お嫁に行くんなら、あたしんとこへ来ておくれ、あたしと夫婦になっておくれ、外へは行かないでおくれ」
お豊は、思いがけない鶴次郎の言葉に情がほだされて繰り言をいうのであった。

「一ぺんだって、そんな事を云い出してくれないで……私の方じゃ次郎さんのお内儀さんになれるものだと思っているから、今云い出してくれるか、今日はそう云ってくれるかと、心待ちにしているのに、お前の方じゃ、怖い顔して喧嘩ばかり吹きかけて来るじゃないか、それじゃ、いくら私が好きでいたって、だんだん心細くなって、次郎さんは私が嫌いだと思い込むようになるのが当たり前だよ」

こんな経緯があって、一緒になる口約束を交わす。

鶴次郎は、かなり古い昔から小さい希望を持っていた。新内語りの命脈が、いずれは「長からぬ」とあきらめをつけて、市内目抜きの場所に寄席を作りたいのが、彼の念願だったのだ。
この望みが叶ったら、お豊ちゃんと表向夫婦になりたいと思っているが、それには二万円ほどのお金がなければならない。そこで、二人一緒にお金を貯めることに、協力してくれないかとお豊に頼むのである。

しかし、手持ちのお金は三千五百円ばかりしかない、目当ての金高を貯めるにはこの先何年もかかる。そしてそのあいだ表向き夫婦にもなれない。この話を聞いたお豊は、「どうしても次郎さんがやりたいんなら、お母さんの残していってくれたお金を使ってもいいけれど……」と、持ち出すのであった。

お豊は預金を残らず引き出し二万円のお金を次郎の前に差出して、小さい寄席を一軒手にいれたのだった。
そして鶴次郎は開場の記念興行の招待状を逐一改めている中に松崎に宛てた封筒を見付けて、不審に思い頭取として頼んでいる、竹野に問い質すと、あっさり答えるのである。

「こりゃァ二代目のひいき先です」
「この席の買えたのは松崎さんのお陰です。二代目にとっちゃァ、先代からの古い大切なお客なんです」

鶴次郎はこれを聴いて成り行きを邪推し、荒れ狂ってしまう。

「二代目、いいかげんにしろ」
「お母さんの残した金なんぞと嘘を云ァやがって、俺を欺して、松崎から一万五千円の金を借りて、よくもそん な……」

松崎との関係を猜疑する次郎は悪口雑言を並べ立ててお豊を責めたてるので、ついにお豊も逆上し、取り返しのつかない破局へと向かってしまう。お豊にはやましいところは少しもなかったのに…
開場するはずだった鶴賀亭は、予定を変更して開場は延期になった。
鶴八も鶴次郎も、「今後一切同席もしない」と言い張って、どっちも強情に動かなかった。
鶴八は腹の底からの憤慨で、前後の分別がなくなっていた。そしていったんは打ち切りになっていた松崎へ「そちらで嫁にもらってくれるのならば」と改めて明確な返事をしたのだった。
並びない天才と云われた一組の芸人も、ふとしたものの行きちがいから、はなればなれの運命を拓いた。

鶴次郎は弟子の鶴市に三味線をひかせて口座へでたが、片われ月の物足りなさは到底今までの人気を持続する事は出来なかった。昔に変わらない声量はあっても「人気」という捉えどころのない無形の力をたよりにする芸人稼業は、実力ばかりで押し切ることが出来なかったのだ。
お豊に別れた鶴次郎は、一年ともたたぬ間に、落ち目から落ち目へ、ひたすら衰運への道をいそいだ。

そういう惨めな鶴次郎に引替えて、鶴八のお豊は極めて順調に幸福だった。
衰運の山道をあえぎあえぎ登り行く鶴次郎と、幸福の小川をゆるやかに下る鶴八と…月日はたちまち三年すぎた。

古い舞台番の佐平が、三年ぶりにお豊を訪ねてきていた。
「昔にくらべればいくらか芸も落ちましたが、しかしまだまだ声がおとろえません。年も三十二、これから油の 乗るところで、落ち目になる年じゃァありませんが、二代目さんに別れたのが運のつきで次郎さんもいまじゃァ しみじみ後悔しております。あっしも、どうかしております。次郎さんをもう一度世に出したい、もう一ぺんあ の新富座の名人会時分の、あの全盛におさせ申したいんでござんす」

「五月の十五日から、今度は丸の内の有楽座で、また名人会がございます。・・・」
「二代目さん、堅気の立派な奥さんになっていらっしゃる貴女にこんな事を云うのは、初めから無理だと承知して伺ったんでぞざんす。お腹が立ちましたらどうかどうかご勘弁願います。実は、その名人会へあっしゃァ、
もう一ぺん鶴八鶴次郎の看板をあげてぇンでございます。顔ぶれは昔の通り円右、小さん、円蔵、典山、伯山、浄瑠璃は朝太夫で……」
「鶴八」と、お豊は忘れていた自分の芸名を、三年ぶりで口にした。

「どうでござんしょう、十五日から二十日まで六日間の名人会へ、昔の鶴八師匠に帰って頂く事はできねえでしょうか。落ち目になった鶴次郎さんを助けると思召して、六日間の名人会へ体をお貸し下さるわけにはまいりませんでしょうか」

それから間もなく丸の内の有楽座に、名人会の看板があがって、鶴八鶴次郎の二人名前が三年ぶりで並んで書かれた。万事は佐平の計らいで、興行人の竹野も、「芸が確かなら、まだ客はつく」と、ずるそうな事を云っていた。

次のスレへ続けます・・

寅さんの仁義

2008年4月29日、NHK番組、歌謡チャリティーコンサートにおいて亜矢姫は
「男はつらいよ」を歌唱されまた。
“猫奴”、思いがけない歌を聴かされたもんだから、うれしさのあまり舞い上がってしまって
何やらふざけたことを、くだくだと・・・いくら唄が良かったからってねぇ~

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

「ご当家、軒先の仁義、失礼ですがお控えなすって・・早速ながら、ご当家三尺三寸借り受けまして、稼業
、仁義を発します」(稼業って程のものは無いんですけど一応)

「手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います。向いましたるお兄さんには、初
のお目見えと心得ます」
「恐れ多くもご当家の親分さんにお姐さん、さらにはお客分の皆々さま、失礼の段ひらにお許しくださいま
し、手前、生国は越前でございます。越前と申しましてもいささか広うござんす、音に聞こえた九頭竜の川
で産湯を使った、いや使わない、違った、どこで産湯つかったけ、??」あ、ありゃあ~下向いてのご挨拶
で、早速に間違えてしまった。
「まあ、とにもかくにも“ふうてんの寅”さんがが大好きで手前勝手に名乗ります“ふうてんの猫”と申し
ます。以後お見知り置きくださいまして、どうかよろしくお頼申します」

「このたびは亜矢姫さまが大NHKさんで、寅さんのテーマソングをお唄い下さいまして、もう天にも昇る
嬉しさ、こんなことがあって良いのかと、ふらりふらりとうろつけば、いつか見たことのある大看板のこの
お家、おおぉ~ご当家親分さんお姐さんは、日本列島二人旅、音にきこえたあの亜矢姫お吉(キチ)さまご
夫妻、(名前、違ってなかったかな~)こりゃあ、ご挨拶申し上げねばならないと罷り出でた次第でござい
ます」「手前、まったくの“いもけ”者にてなかなか人様の前に出られた義理じゃあございませんが、本日
のお騒がせ、どうかお許し願いとうございます」

さて、あの時の亜矢姫さまの唄と仁義の切り方があまりにもカッコがよくて、少し文字に直して見たいと思
いましてね、webを捜しましたら“これが、あの~”と思われる仁義に行き当ったのでございます。
皆さま、よっく、ご存じとは思いますが、わたしにゃあ、あの時最後に発した言葉が分かりにくかったので
、ほじくり出したものを下に記してみたいと思います。
(ただ、ちょっとご忠告申しますが、仁義の内容が分かったからって、亜矢姫さまのような、調子には絶対
 になりませんから、挑戦する勇気のある方だけ、お声を発してみて下さいまし)

亜矢姫歌唱、寅さんの仁義
(映画では、作品により歌詞の変遷があるようでございます)

「わたくし 生まれも育ちも 葛飾柴又です  
帝釈天で産湯を使い 姓は車 名は寅次郎
人呼んでフーテンの寅と発します」

「とかく西へ行きましても 東へ行きましても
土地土地のお兄いさんお姐さんには ご厄介かけがちなる若造です
以後見苦しき面体 お見知りおかれまして 恐惶万端引き立って
よろしくお頼もうします」

「なお、口上の尻切れトンボ、その他数々の失礼の段、さらには書き込みの見苦しき点は、ひらにご容赦
 お願い申します」

以上、2008/5/1 亜矢姫談話室に投稿

寅さんを語る、こんなサイトを見付けました。
http://www.asahi-net.or.jp/~vd3t-smz/torasan.html

“ふうてんの猫”がギャオ~

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

皆さまこんばんは。
亜矢姫の北見収録も終え、あとは放送を待つだけですが、楽しみですね~。1月20日が待ち遠しいです。
まして来年は東京、大阪、名古屋での劇場公演も決まっているそうで、お徳ロングバージョンをまた見るこ
とが出来ますから期待が膨らみます。
こんな情報も皆さまの書き込み情報見てれば即座にわかる。いろいろの情報の提供あるいは感動の報告など
、とてもたのしく読ませていただいており、もうウェブサイトは無くてはならないメディアですね。
今後とも各サイトの賑いを期待していますので、どうか皆さま、ますますのご活躍お願いいたします。
さて、“ふうてんの猫”が何やら言わせろと言っています。勝手ですが“こがれの”の軒下をしばらく貸し
ますので家主さまはじめ皆さま、ご寛容の程お願いいたします。

《ふうてんの猫》
皆さまお久しぶりです。と、言っても私を知って下さる方少ないと思いますが、昔ほんのちょっとだけ出さ
せてもらったことがあります。
「ふうてんの寅」さんが大好きで、寅さんの綽名に似せて勝手に名乗る“ふうてんの猫”と申します。今日
は呼ばれもしないのに、のこのこ出てきて、版汚しにでもならなきゃいいがと少し心配ですが“こがれ”に
免じてお許しの程よろしくお願いいたします。
しばらく、面白くもねぇ話をさせていただきますが、お時間のある方はお付き合いのほどよろしくお願いい
たします。

さて、皆さま期待の紅白、我らが亜矢姫さまが選にもれて悔しい思いをしましたねぇ。あれほど身も心もし
びれてしまうような唄を聴かせて下さる歌い手をなんで選ばないんだと“こがれ”の奴はご当局にメールし
たそうですよ。
曰く「唄は芸道であると強く感じさせてくれる日本で唯一人の歌手、島津亜矢さんの出演が無くて残念です
。この番組を通じて広く世間に知ってもらいたかった」とね。妥当かどうか知らないけれど言うのは勝手だ
からね、それでも犬の遠吠えに近いかな~。

そこで私もアチラに電話してやったんだ。受付のお嬢さんじゃあ駄目だから責任ある方お願いしますと申し
入れて話しましたよ。
昔、藤山一郎さんが演歌の財産だと言われた島津亜矢さんて方がいて、近年ヒットもそこそこあり、全国コ
ンサートでの観客動員数でも演歌界では上位クラスと思われる方ですが、なぜ出れないんですかね、お宅さ
ま島津亜矢さんてご存じですよねと尋ねれば、知ってますよ、顔にホクロがあって声量のある方でしょ、と
のお答えだ。間違ってはいねえけど、ちょっとしっくり来ないねぇ。

そこでもうひとつ、10月にNHKホールでリサイタル二公演ありましたがご存じですか、(NHKホール
は有料賃貸しだからそれなりに貢献もしている)、これが知らないんですね~、えっ、そんなのあったんで
すかときたもんだ。もう、こちとら驚き桃の木山椒の木だ、開いた口が塞がらないし、頭カッカするし何言
ってやったらいいか口もぐもぐだ。あっしは口下手だけど、それでも負けちゃいられねぇ。

字の読み方は分からない、歌も聞いたこともねぇ、訳の分からない歌手がいっぱい出るんですねと言ってや
りましたよ。
そしたら返ってきたねぇ~、“演歌なんか今の若者は見向きもしませんよ”とね、“演歌なんか”ときたも
んだ、売り言葉に買い言葉だ、それならそれで何でジャンル分けして番組作らないんですっ、てね。
これにゃあ、あちらも口もぐもぐで、しかとした答えは返ってこない。
冷静に考えりゃ、視聴者窓口の方にそんなこと決められる訳ないし、歌謡界のこと知らないのも仕方ない事
だと理解したことでございまして、言ってもせんない事と諦めて、もうやーめた、でしたね~。

ネットエイジアという会社が携帯電話で高校生にリサーチしたところによると、紅白見る、たぶん見ると応
えた生徒が男子58.7%、女子73.7%もあるそうですよ、このリサーチによる聞きたい歌手の中には
演歌歌手は一人もいない。こんなことから思えば、“演歌なんか”という言葉が出てくるのも不思議ではな
いし、演歌に力入れてないのはよく解るじゃございませんか。

演歌でご出演の方、最近の売れ筋で出ておられる方はほんの数人で、他は昔の名前で出ていますと感じる著
名な歌い手さんがズラリ、まあ、立派なもんですねぇ~。それでもご当局の志向は若者にあるに違いないか
ら、出場される演歌歌手の方が粗末な扱いをされないか、それが心配ですよ。おっと、こんなことは余計な
ことでした。

大晦日は、スカパーで忠臣蔵特集25時間のぶっ続け放送があるそうだから、“亜矢武士”さまが研究発表
されている「東下り」や「南部坂雪の別れ」などが見られるかもしれない、あっしは姫様の歌世界をとくと
見させてもらうことに決めました。もっとも、「南部坂雪の別れ」は発売が延びていますが、いまのうちに
しっかり見ておく積りでございます。

話は戻りますが、アチラさんの選考基準にはインターネットダウンロード数とかもあり、これなどは全く年
配者向きではないですね~、番組の企画・演出との合致というのもある、これこそアチラさまの伝家の宝刀
で、これをかざせば物事すべて思いのままということになるのですね。
コンサート動員数なんてのは選考基準に無く、もちろんリサーチもしない。唯我独尊ですから視聴者が何を
言っても聞き置くだけ。むなしいことじゃあございませんか。
ただ一つ信じられることは、大ヒットを出すこと、これに尽きますねえ~。しかし、こればかりは世の中の
空気とかもあって何ともし難い。

まあ、思い直せば歌舞伎や演劇の人気役者が紅白に出るわけでなし、著名なインスツルの奏者が紅白に出る
訳でなし、まして請われても出ない歌手もいる。この番組の取り柄は視聴率だけ、普段歌を聞かない人も
この番組だけは見るという人が少なからずいると思うから、手っ取り早く名前を売るには恰好の場所と言え
るが、しかし、聞く者を感動させるほんまもんの歌芸を披露してくれなくては、人は真の喝采は送りません
ねぇ。

姫さまは今、熱いファンに囲まれて活躍されておられるが地道な努力によってますますファンは増えていっ
てる最中だ、コンサートがあまりにも素晴しくて、もう亜矢さんの唄に嵌まってしまったという、巷の声は
よく耳にするので、あっしは端くれファンながらも鼻高々で、嬉しくなってしまうのです。
まして公演会場はいつも人でいっぱいだから、姫さまも遣り甲斐があるっていうもんだ、歌手冥利に尽きま
すね~。紅白がなんでぇ~、と言いたいが姫さまが出る歌番組は待ち焦がれているから、NHKさんに悪態
ばかりもついていられない。まあ、次の出番を首を長くして待っているところでございます。

姫さまの歌力をもってすれば、いずれ押しも押されない大歌手になることは間違いのないことだと思います
が、その頃の紅白、どうしても、と、あれば三顧の礼でもって迎えてもらいましょう。
しかし、紅白いつまで続くのかしら、その辺が頭の傾げどころですがねぇ~。
陰の名プロデューサーである、あのお母さんと姫さま母娘には人に明かさない大きな夢があるという。紅白
出演はもう済んでいるからこんなもので無いことは確かだ。将来どんな姿を見せて下さるのか、ファンの夢
も果てしなく大きいのですよ。

皆さま、ながながと失礼いたしました。
お気に召さない言い草もあるかとは思いますが、あっしの身の上では苦情は一切受け付けることは出来ませ
んので、悪しからず。但し、家主さまのご意向には完全に従わせていただきますので、ご了解頂けますようよ
ろしくお願いいたします。
それでは皆さま、またね~。バイバイ~

“ふうてんの猫”が、失礼さんでございました。こがれもん、拝。

以上、2007/12/11 演歌桜・亜矢桜に投稿。
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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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