「女国定」という歌

むかし、こんな事を書きました・・・・・。

長兵衛様、ふんこがすぞ様、亜矢友の皆様、こんにちは。
今日は、管理人ご夫妻様はひょっとして東京の空の下ではないかと、ちらっと思ってはいましたが、やっぱ
りですね。私の感は当たり前のように当たってしまうのですが、凄いですね。凄いのは勿論管理人ご夫妻様
の行動力です。ハイ!!

3月11日の巨大地震、大津波により多くの方々が被災し、命を落とされた方もとてつもなく多くて心が痛
みます。また、今なお避難所において不自由な生活を強いられておられる方もたくさんおられます。この方
々に対して自分たちに今何ができるのかと気に病むこともあるのですが、当事者でなければその実態が解る
訳でないし身代わりになることも出来ない。ただひたすら政官民の支援を得て一日も早く安寧な生活が訪れ
ることを祈るばかりです。

この様な大天災の後、原発事故が何時収束されるのかと心配の種が尽きませんが、避難されておられる方々
にとっては徐々にではありますが、次の目標が見え始めてきた頃ではないかと思えます。
とにかく希望をもって前進されることを願って止みません。

テレビ放送等では震災関連の報道が中心となり日々の現場状況が刻々と伝えられ、視聴する側も自然に情報
を共有することとなっている訳ですが、やはり気持ちは辛いものがあります。
こんな中、テレビ、ラジオ等から流れてくる歌などは、辛い気持ちをたとえ僅かな時間でも忘れさせてくれ
て、明るい希望や癒しを与えてくれるものではないかと感じていますが、反して特にテレビでは歌謡番組を
自粛しひたすら自重しているように見えます。不謹慎と謗られるのを危惧する面からの措置とも思えますが
、時宜を計って再開して欲しいと思います。
思うに、亜矢姫の「歌路遥かに」の歌詞では、歌を聞くことによって、心洗われたりしませんか、命救われ
たりもしませんかと直接的に訴えかけていますが、これらは幾多の人々の実体験がそのまま詩になっている
ようにも思えます。いまこそ、この歌を多くの方に聞いてもらいたい。姫様には折に触れて唄って欲しいと
思うのです。

さて、歌番組自粛の中「BS日本のうた」の再放送を皮切りに僅かな数ではありますが放送が始まりました
。二葉百合子さんの引退コンサートの模様も26日に放送されました。
77年に亘る芸能生活に終止符を打つファイナルコンサートは、3月6日NHKホールにおいて開催されて
多くの方がその芸を堪能し、また惜しみつつお別れをしたのでしたが、ご出演の亜矢姫はいたく感激された
ご様子で、多くの方々にテレビ視聴を勧奨されました。

映像からは、二葉さんご自身の来し方を思っての感無量の面持ちがテレビ画面からひしひしと伝わってきて
、感動的に視聴させてもらいましたが、まさにラストコンサートに相応しい内容だったと思います。
また、いま歌謡界で最も充実しているお弟子さん達に囲まれての公演でしたので、一面誇らしい思いもお有
りではなかったかと勝手に想像していますが、今後、このお弟子さん達が二葉さんの芸を引き継いでいかれ
ますから、これからの発展が楽しみです。

公演の締めを飾る「岸壁の母」の長編ものも圧巻で素晴らしいものでした。
以前、何かの放送で声を一日出さなかったら取り戻すのに数日かかるという話をされておられましたが、ま
さに努力なくして大成なしを実感させるお言葉でした。

コンサートでは、私の全く知らない「女国定」という歌もお歌いになりましたが、今、亜矢姫が「忠治侠客
旅」をリリースされたばかりですし、女国定という語彙が最近読み止しの図書の中にあったことを思い出し
、ちょっとページを繰ってみました。もちろん二葉さんの歌とは直接の関係はないのですが、関連する事柄
を探ってみるのも一興かと思い駄文を綴ってみます。

「女国定」の歌詞
歌手:二葉百合子 作詞:山崎正 作曲:山口俊郎

上州小町は 昔のことさ  今じゃ呼び名も 火の車
丁と張りましょ 若し半でたら  見せて上げましょ この肌を

(せりふ)
「手前生国と発しますは 関東にござんす 関東関東と申しましても いささか広うござんす
上州は山田郡 赤城の山のふきおろし 天王村にござんす 庄屋の家におぎゃと発しました 
手前こそ女らしさはみじんも無く お見かけ通りの白むく鉄火 一天地六の賽の目に
張った命は利根川の 深さに勝る不孝者にござんす
親の意見も空吹く風とふき流し 四六三年半目を売って 長脇差(どす)を抱き寝の旅がらす
名前申し上げます失礼さんに御座んす 通称火の車お万と発しまして 稼業昨今駆けだしもんに御座んす」

女だてらに 仁義を切って 結ぶ一夜の かりの宿
ぐれたこの身を くやむじゃないが 夢で泣く夜も たまにゃある

風に吹かれて 旅から旅へ やくざ渡世の 七曲り
胸に抱いてる 故郷の空を 晴れてみる日は 何時じゃやら


'火の車お万'は山田郡天王村(桐生市)と歌われていますから、実在した女侠'菊池徳'の生まれ故郷有馬村
(現・渋川市有馬)とはそう遠く離れてはいません。この徳をモデルとしたとすれば、生家の一倉佐兵衛は
後に百姓代(名主等のお目付け役)の重職についていたと言われるし、晩年の徳は一階に八畳の座敷が四間
もあるような大きな赤城型民家を有し、屋根裏は養蚕のための作業場としていたといいますから、ここを賭
場にするには何の造作もなかっただろうと言われています。この'徳'をモデルとするにはお膳立てが恰好で
、女忠治の主人公になっても不思議ではありません。

昭和二年(1927)監督:伊藤大輔、主演:大河内伝次郎のコンビで股旅映画「忠治旅日記」三部作が製作さ
れたといいますが、この最終作の「御用編」で忠治の最後に立ち会う、お品(実は徳)を演じたのが伏見直
江という女優さんであったといいますが、ここでは凄味の利いた姐御を演じて観客を魅了したと言われます
。主役大河内伝次郎の忠治に匹敵するほどのお品(徳)役の伏見直江の人気に、日活は主客をとりかえた映
画を製作しました。

昭和七年(1932)日活は第1回トーキー映画と銘打って「女国定」を送り出すのですが、この作品では女国
定は実名の'お徳'となって、忠治亡き後、忠治の恩を忘れ、悪を行う裏切り者を徳が忠治にに成り代わって
やっつけるという筋立てで、この映画は大いに当たって、伏見直江は「女国定」が十八番となって股旅映画
の姐御女優のトップに駆け上がっていったといいます。・・(この件、高橋敏著:菊池徳の一生で詳しい)

何も知らない私は、二葉さんが「女国定」を歌われて、ちょっと突飛な感じがしたのですが、この歌が出来
たころは上に書いたような時代背景があったのではないかと思います。
しかし忠治さんは凄い人、群馬県民謡として「八木節」に歌われ、平成の今でも「忠治侠客旅」がヒットチ
ャートを賑わしているのですから。

カラオケファンという月刊誌に、「忠治侠客旅」の寸評がありましたので拾ってみます。
・・・島津おなじみの名作歌謡劇場。「忠治~」の主人公は江戸時代の侠客・国定忠治。「雪の~」のヒロ
インは“絵島生島事件”の絵島。どちらもせりふ入りで、ストーリーはもちろん、登場人物の人柄までよく
分かる。毎度のことながら、やはり聴くことに専念したい。・・・
こんな、寸評もらった歌が発売初週でオリコン3位、30日更新の第2週で8位に頑張っています。
聴く歌に専念されてしまう歌がチャートを賑わすなど、最近はあまり知りません。このまま、頑張り続て欲
しいと思いますが、それにしても「歌路遥かに」もチャート上位にいても良いとおもうのですが、そうはな
っていない。世の中不思議なものですね。

今日は、明治座公演の初日、暗い世相を吹き飛ばすような大感動の声がなにやら聞こえてきそうで、気もそ
ぞろ、被災された皆様にも感動の舞台を観賞できる日が遠からず訪れます事を切に願っています。

以上、2011/03/30 『亜矢姫』談話室に投稿                            

06/26のツイートまとめ

kinsyuu3

勝栄二郎と言う方、野田総理や菅前総理を折伏し意のままにできる力があるとすれば、これはもう麻原彰晃以上の歴史に残る人物かも知れない。
06-26 10:52

「歌路遥かに」に心が動きます

むかし、こんな事を書きました・・・・・。

日頃あまり活動的でない私にとって、せめてもの慰めは亜矢姫のCDやDVDなどを楽しむこととなってい
ます。この度も最新作を入手して楽しんでおりますが、「歌路遥かに」が如何にも小椋さんの作品らしく、
昔のLP(後にCD化)「彷徨」の世界にも通じるようでとても心に響きます。

NHKでは美空ひばりの歌手生活40周年を記念して、小椋佳さんが作詞作曲されたCD「旅ひととせ」
(ひばりさんの、たっての願いにより全曲渡された)の全12曲をテーマに取り上げて、日本各地の四季折
々の情景を現地に訪ねて甦らせた美しい映像の番組が「美空ひばり 日本の郷愁を歌う」として、2005
年7月にBS2で放送されました。この中で、小椋さんが美空さんについて語ります。
「やっぱり、間違いなく天才であった思う、歌い手がどんなに努力してもあの域にはなかなか到達できない
と思う、昭和の時代で一人だけ芸能人を挙げろと言われたら、どなたも間違いなく美空さんを挙げるでしょ
う」と。

このように話される小椋さんが、亜矢姫の歌手生活25周年に際して「歌路遥かに」をプレゼントして下さ
ったと、亜矢姫がリサイタルで紹介されて唄われたのを鮮やかに思い出します。そしてその時のDVDが今
手許にあります。
小椋さんとは、その前に「風そして花」でのご縁があった訳ですが平成の歌姫“亜矢”さんに創作歌謡を贈
られるということは並々ならぬ思い入れがお有りではなかったかしらと想像すると、とても嬉しく思えます
。思えば、小椋さんは美空さんについて「昭和の時代で」と敢えて区切りをつけてお話になられたことの意
味がとても深いと感じるのです。

さて、「歌路遥かに」の詩とメロディーがとても印象深くて心に残ります。
歌詞のなかでは歌の効用の普遍性が語られていて、ここのところは人誰にも通じるであろう事が詩になって
いると思いますが、何のために歌うのかという事を突き詰めて考えるとどうなるのか、それこそ亜矢さんご
自身の歌人生を解き明かす命題に行きつく詩になっていると思えるのです。
歌うことの命題をはっきりと定めることができているから、私は迷うことなくこの道を行く。それが私の生
きる証しだから、と。
小椋さんが客観性をもって亜矢姫の進んでいる道、或いはこれから進んでいく道を確固たる信念をもって喝
破して見せてくれていると思えます。これはもう、小椋さんの歌仲間としての亜矢姫に対するエールだと思
えて仕方ありません。

ところでこの歌、リサイタルでは2番の詩がCD版とは違っていて、下のように唄われていますし、アレン
ジも違ったものになっています。その意味ではDVD版はバージョン違いのものになりますからお宝と言え
ばお宝になるのですが、CDではブラッシュアップされていて2番の詩も改訂されています。
従い、とても親しみやすい上に格調の高い仕上がりになっていると感じます。またカラオケでも、より歌い
やすくなったのではないかと感じます。DVD入手待ちの方には申し訳ありません。

リサイタルでの2番の出だし
♪歌なんて 善し悪し溢れ 見分け聴き分け 容易くはない
 けれども歌の 誕生を喜び あるいは歌の 饒舌にたじろぐ
 歌の一つに まこと 尽くす想いで いるのです
 歌の一つに わたし 真心込めて いるのです

CD化改訂版2番
♪歌なんて 辛い別れの 時一コマも 巻き戻せない
 けれども歌で 寂しさは薄らぎ あるいは歌で 空しさも和らぐ
 歌の一つに まこと 尽くす想いで いるのです
 歌の一つに わたし 真心込めて いるのです

この後メロディーが変化してリフレインへと続いていくのですが、これがまた圧倒的でしびれるようなな高
揚感で歌われていて、この曲の最終主題になっていると思えます。

♪私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに
♪私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに

亜矢姫は、この最終章で歌に対する覚悟のほどを高らかに歌い上げていますが、何とも感動的です。
小椋さんは、ここで亜矢姫に対して‘そうあって欲しい’との願いも込められているような気がしてなりま
せん。
小椋さん、素晴らしい曲のご提供“有り難うございます”と、ファンの一人としてもお礼を申し上げたい気
持ちで一杯です。そして亜矢姫にも。

以上、2011/01/27 演歌桜・亜矢桜に投稿

06/15のツイートまとめ

kinsyuu3

@mozu2106 お久し振りです。亜矢さんの唄、聴くたびに新しい発見があります。人間何事も自分の意思通りにはなかなか出来ない事が多いと思うのですが、この方の場合難なくやり遂げてしまう、そんな感じを持ちます。やはり天才だな~と、そんな思いを確認する毎日です。
06-15 21:18

「父の日」の援歌 http://t.co/6ov2SqGJ島津亜矢さんのプロモビデオも、ロケ撮影のものは最近ほとんど見られなくなりました。少し古いとは思いますが貴重な映像です。歌は亜矢さんの最大ヒット曲。
06-15 09:40

鶴の夫婦は絆が深い

2009年2月23日付の日経新聞文化面に「鶴の夫婦は骨まで愛す」という題で鶴の生態に関するエッセ
イが掲載されました。筆者は高橋良治さん=釧路市丹頂鶴自然公園名誉園長
文中、あまりに感動的な記載があったので、当時『亜矢姫』談話室に紹介の書き込みをさせてもらったと思
うのですが、その記録が残っていない。
幸い、その新聞記事の切り抜きが手許に残っているので、改めてその概略をここに書き写しておきたいと思
います。・・・高橋良治さんは丹頂鶴の卵を人工でふ化させ人工でヒナを育て、そして自然界に戻すことに
成功した人です。下の書きだしの部分はご自身のことを他人の目に見立てて書いておられるのでしょう。

☆ーーー
 釧路湿原を一望できるコッタロ湿原展望台。ここを訪れると不思議な夫婦に出会う。野良着で、男はほお
かむり、女は姉さんかむり。ぬかるんで足をとられそうな湿地でもすたすた歩いてくる。
語りかけても応えてくれないし、菓子をあげようとしても受け取らない。あるときたばこを吸いたくなって
ライターがないときにマッチを黙って貸してくれた。こういうことを何回か繰り返して、ふと思った。二人
はタンチョウ夫婦の化身に違いない。


☆ーーー自然公園の管理人に
 釧路市がタンチョウの保護を目指して丹頂鶴自然公園を開設したのは昭和三十三年(1958年)その時
から管理人として、これまでに五十羽以上のヒナを育ててきた。成鳥になれば自然に帰り、その中で夫婦に
なった二羽が私に会いに来るのだと思う。
タンチョウ夫婦のきずなは本当に強い。オスが「クォー」と一声、メスが「カッカッ」と二声鳴き合うダン
スでいったん夫婦になると、どちらかが死ぬまで、いや、死後もしばらくは別れることがない。
死ねば動かなくなるが、生きている方は死体にキツネやカラスが近づくと、翼を広げて威嚇し、くちばしで
つついて撃退する。骨だけになっても行動は変わらない。大雨で死体が流されたり雪の下に隠れたりして見
えなくなって初めて、どこかえ飛んでいく。

☆ーーー卵に向って声かける
 親子の愛情も卵のころから実に深い。時々くちばしで転がして位置を変える。「転卵」や、ときどき温め
るのをやめて冷やしたり湿り気を与えたりする「放冷」が必要。
入園十年目から始めた人工ふ化では、こうした作業で時々卵の中から「ヒイッ」と声が聞こえてくるのに気
づいた。
しかも「ピーちゃん」と声をかけると「ヒュヒュヒュ」と返事がある。そして転卵の位置が悪いと「ピーピ
ー」と不満げに鳴き、いいと「ピュルルルン」と心地よさそうに鳴く。
この親子のコミュニケーションがヒナがかえった後こそ大事だと気づいたのは、えさを食べなかったり病気
になったりして次々に死んでいき、苦しみ悩んでいた時だった。酒を飲まづにはやりきれなくて、ある晩、
ヒナを抱いて寝て肩の下で圧殺してしまった。
ひどく落ち込んで仕事をやめようと思ったが、禁酒して再起にかけたとき、「ピーちゃん、うまいからくっ
てみろ」と声をかけたら、えさの魚を全部食べてくれた。「そうか。卵のとき、かけた声を覚えていたんだ
」。それからは必ず呼びかけながらえさをやった。
寝るときも飛ぶ訓練をするときも音が大事だ。心臓のある左胸に抱いてねると、鼓動に安心するのかヒナ同
士の争いもなく、すくすく育つ。それはいいが、私の脇毛をくちばしでくわえたまま寝るのが、くすぐった
くてたまらない。離そうとすると、くわえたまま動き回られ痛いのなんの。おかげで私の左の脇毛は一時一
本もなくなった。

☆ーーー右と左も自ら教える
 飛ぶ訓練では旋回で、自分の腕を上下に動かして右と左を教える。が、ミギ、ヒダリの平板な発音では
理解してもらえない。右をミギと平板に言ったら、左はヒダアアリイと抑揚をつける。
全速力で一緒に走るダッショを日に何度も繰り返して助走を教え、ようやく大空を舞えるようになると、上
空を旋回して早く来いとなく。こっちは息を切らせてぶっ倒れている。飛べない人間が鳥に飛び方を教える
のだからおかしなもんだ。
思えば、今から約五十年前、鶴公園に初めて連れてきたタンチョウのうちオスの二羽に、当時、南極に置き
去りにされながら生還した稚内生まれの樺太犬、タロとジロの名を付けた。二羽とも野生のメスとつがいに
なって、たくさんのヒナを育てた。特にタロは三十六歳まで生きる長寿だった。

☆ーーー
剥製ではあるが、平成十年(1998年)の北海道公民館大会で大会長の山田和弘釧路市教育長(当時)に
記念公演を依頼されたとき、稚内の会場でタロとジロに初めて会って大感激した。タンチョウのタロとジロ
も二匹の不屈の生命力をもらったに違いない。何度もお礼を申し上げた。二匹は尾を振っているかのように
見えた。
コッタロ湿原でも夫婦に会えないときがある。そういうとき私は「クォー」と鳴き合いの声をかける。そう
すると、二羽のタンチョウが飛んでくる。力強く生きている。きっと子育て中なのだろう。
私もいつかは死んで骨になる。そのときもタンチョウはそばにいて守ってくれるだろう。本当に鶴の恩返し
だ。


丹頂鶴は賢く、一夫一婦制を守り浮気はしないとのこと、そして受けた恩は忘れないという性質もあるそう
で、その実態は高橋さんの著書「鶴になった老人~丹頂鶴の恩返し」=角川書店 に詳しく書かれているそ
うだ。鶴の恩返しが実態としてあるとなれば、日本の民話・鶴の恩返しも、あながち全くの作り話ではなく
、そのような鶴の行動に昔の人もまみえていたのかも知れないと思えてくる。

島津亜矢さんが演じられた日本の民話「鶴の恩返し~おつう」も、この恩返しと夫婦の情愛をテーマとして
上演されましたが、今DVDで観返してもその熱演ぶりはお見事です。
実演では広い舞台を見渡すことになるので、気が付きにくいところもあって必ずしも良い評価をされない向
きも少しはあったように思いますが、DVDではアップで映し出される場面もあってその迫真の演技が力を
もって迫ってきます。特に、最後の場面で空に舞い上がり、悲しみを涙で叫ぶ ‘さようなら~’ の繰り返
しは、そのひとつひとつに調子の違う抑揚があって思わず‘おつう’に同化させられて泣けてきてしまいます
。鶴の生態を少し知ったせいか、観る方の思いも深くなったのかも知れません。

この日本の民話「鶴の恩返し~おつう」は、DVD「島津亜矢リサイタル2008無双」にあります。
2008.10.24NHKホールにて収録・2009.1.21発売 全篇を通し記憶に残る秀作の一本だと思います。

06/08のツイートまとめ

kinsyuu3

島津亜矢レビュー|島津亜矢を想ひて-武州と陸州の狭間から- http://t.co/uc4EH0La熱い記事がザクザク、すべてを読み切るには時間を要すると思うので、少しづつ。
06-08 13:52

関電は、「すべての原子力発電所の廃止」を求めている株主提案に対し反対する方針だという。大飯原発は昭和2年の北丹後地震(死者・行方不明3000人)が発生した地域に属する。国民を危険に曝し且つ株主には株券が紙屑になるリスクを負わせる。せめて、縮減と言うのが企業の良心だと思うが。
06-08 13:34

06/06のツイートまとめ

kinsyuu3

NHKニュースウオッチ9までAKB総選挙とかを詳しく報道。CD買わなければ投票出来ないという商業的仕掛けがあるのに、そこを問題点ともせずにのうのうと放送。ニュースの捉え方が間違っている。
06-06 21:47

TVドラマ主題歌と挿入歌 http://t.co/9z7aWcbx島津亜矢さんの「愛・たそがれ」がテレビドラマの主題歌だったとは知りませんでした。「彼岸雪」も好いです。NHK SONGSでも取り上げてもらって、たっぷり聴かせて欲しいですね。他にもいっぱいありますから。
06-06 08:43

「ごきげん歌謡笑劇団」の収録現場から

むかし、こんなことを書きました・・・・・。
(ふうてんの猫が、背中丸めて突っ立ち、ギャオ~、と何やら・・・)


11月25日、城陽市の「文化パルク城陽」内の文化ホールにおいてNHKのバラエティー番組「ごきげん
歌謡笑劇団」の収録が行われました。私ら二人はこのサイトの家主ご夫妻様のお力添えにより、幸運にも観
覧することが出来ました。ご夫妻さま、本当にありがとうございました。

「パルク(PARC)」とはフランス語で広い公園という意味だそうですが、ここには文化ホール(プラムホール)
、図書館、プラネタリウム、歴史民俗資料館などが複合的に収容されている施設ですが、近代的な建物でひ
ときわ威容を誇ります。
収録会場のプラムホールは1305席あるそうですが、座席はフランス製でパリ、オペラ座の座席をしつら
えたメーカーの納品によるものとの話は、市長様のご挨拶にありました。濃い緑色のシートは心なしか座り
心地が良い感じ、いや、実際尻を動かさなくても良かったから確かに良かった。

さて、ご出演は常連の綾小路きみまろさん、さかなクン、大川良太郎さん、ゲストは川中美幸さん、細川た
かしさん、我らが亜矢姫、松居直美さん、宮川大助・花子さん他の方々でした。
公開番組観覧は、最近では魚津での「のど自慢」、その前は大阪城ホールでの「BS日本のうた」と、ほん
の2回数えるだけですから、今回は貴重な体験をさせてもらうことになりました。

特に印象的だったのは大川良太郎さんの女形での踊り、あの艶やかな姿と美顔から繰り出す“流し目”が、
ゾクッとくるほど艶っぽい。いわゆる“視線を送る”というのでしょうが、あの目で見つめられれば普通の
女性ならイチコロで参ってしまうのではないかと思える程の凄さ、いや~、これは聞きしに勝ります。
視線の送り方は長くもなし、かと言って短くもなし、絶妙のタイミングで送ってくるのです。最近視力が弱
ってきたと感じる‘ふうてん’でさえドッキリとするほどでしたから、それはもう凄いものでした。
彼(彼女)は誰か一人を見つめている筈はないと思うのですが、顔を向けられた側の人たちは誰しもが自分
に送ってきたと、錯覚してしまうに違いないと思える程でした。
これはやはり、プロの技だと思えるもので、きっと相当に研究して行うのだろうと想像しますが観客にそれ
を覚らせないところが偉い。とにかく凄いものでしたから、放送ではとくとご覧あれ。
あれ~、亜矢姫のことしか気に留めないつもりが別なとこへも気が向いてしまっている、ありゃま。

さて、お芝居の方は川中さん、細川さん、亜矢姫、宮川大助・花子さん他の方々が総出演されましたが、特
に川中さんと細川さんがご自身のキャラクターに良く合った役どころで熱演されて、とても可笑しく楽しい
ものでした。
亜矢姫はセリフが少なくて少し軽い扱いでしたが、笑をこらえるお顔がとても愛らしくて可愛かった。これ
も放送でとくとご覧あれ。
しかし、今度の劇作家さん亜矢姫の真の実力を知ってか知らずか、扱いが少し軽いのではないかと思えた。
もうちょっと亜矢姫に重きを置いて貰っても良かったろうに、とは私の感想。
まあ、こればかりは亜矢姫のご負担の掛かり具合もあるから、何方様も姫様のご意向に従う他はないだろう
とは思いますが。しかし、あの会場に亜矢姫の名作歌謡劇場など見たことも聞いたこともない方が多少は居
たとして、あの役どころが姫様に合ってるなどと勘違してもらっては困る。はなはだ癪な事で不満だ。

癪なことのついでにもう一つ、多分幕間つなぎの時だと思うけど、女性ファンのお一人が“亜矢ちゃ~ん”
と透き通るような良いお声で掛け声を掛けたとお思い下さい。その掛け声に対して花子さんが「そないに大
きな声ださんかて、ちゃんと聞こえるやないの」あたかも、なじるような口調でマイク使って吠えたのです
。いや、私には少なくともそう聞こえた。マイク持たない素手の観客に向ってその言いぐさはなんじゃらほ
いだ!!喧嘩売るなら相手にもマイク持たせてやれ、くそっ!!
まして、我らが亜矢姫に対する熱烈な掛け声だ、亜矢姫の実力を知らね~ナ、この花さん。なんでえ、なん
でえ、こんにゃろ~。これはね、私一人が心の中で吠えてることですから、お気になさらないでくださいね
。どのようにも思われるのもご勝手だけど、私の気持ちは治まらない。

そこで、思い出されるのが姫様の名作物だ。
亜矢姫の名作歌謡劇場は、一人芝居と歌で構成されるシリアスなものだが、歌と伴奏間奏はすべて創作曲で
生演奏という事を考えれば大変価値のあるものと言えるし、演歌、歌謡界では他に比べるものは無いとも思
える。これは演者、亜矢姫があって初めて成り立つものだと思うのですが、これの創作や公演に関わる方が
どれほど多くて、どれほど心血を注いでおられるかは想像に難くない。
そんな事を考えれば亜矢姫にしか出来ないものと言い換えられると思うし、姫様の歌唱と演技振りは際立っ
て見事なものだと言えるから、知らない人がいるとすれば教えてやりたいぐらいだ、花さん。
芸人さんたるもの、他ジャンルのことだってトップスターがどんな活躍をしているか位は知っておくべきだ
、たとえ若輩であろうが尊敬すべきは尊敬すべきで、すべては“芸のこやし”になると思う気持ちが外から
見えれば、観客だってサスガと納得し称賛もする。ただ、声高に威張るだけじゃぁ鼻持ちならねぇよ!!

それにしても思い出すな~、今年の藤十郎役のとき、役者らしく品よく裾をちょっと割って座る姿が何とも
カッコ良かった。お前、何見てんだ!歌聴いてるのか、って叱られそうだからこの辺で失礼を。

この度の会場では“おじちゃん”様、“紀伊国屋”には何かとお世話になりまして有り難うございました。
また、ご参加の亜矢友の皆様にもお世話になり、有り難うございました。
今日は名古屋でのリサイタルですが、ご参加の方も多いと思います。存分にお楽しみ下さい。
それではこの辺で、またね~ニャ~オ~。

以上、2010/11/28『亜矢姫』談話室に投稿
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    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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