御大と呼ばれる人

これまで演歌歌謡曲を扱う歌番組と言えばNHKの[歌コン]や[BS日本のうた]しかなかったように
思うが、2011年にテレビ東京で[木曜8時のコンサート~名曲にっぽんの歌~]が始まって以来、
最近はこのジャンルを扱う番組がBSを含めて増えてきて、録画予約をするのにちょっと気を張るよ
うになってきた。
すべてを永久保存とはしないものの、歌のあれこれを聴いたり誕生秘話などを知ると、成る程そんな
ことが有ったのかと思いを新たにする事もあって、なかなか楽しめるものも多いと感じています。

つい最近もNHKで[北島三郎78歳の挑戦~最終公演の軌跡~]が放送されたので視聴しましたが、
一言で言えばすごく感動した。これまで、北島さんの歌を特に好んで聴いてきた訳ではないのですが
、この方の人となりを断片的にも知ることができて、すごく尊敬の念が湧いてきて感動したのです。

北島さんは2013年の第64回紅白歌合戦で通算50回目の出場を果たしたのを機に、以後の紅白
出場を引退されました。
また、座長公演については1968年の新宿コマ劇場をスタートにして今年1月29日の博多座公演
をもってピリオドを打たれたが、通算公演回数4578回は前人未到の金字塔だといわれます。

このテレビから伝わってくる北島さんの発する言葉は、素人には知る由もなかった芸人魂を吐露する
場面が多くて人間“北島三郎”を知る上で貴重な言葉の数々だったし、自分なりにとても理解が
深まった気がしました。
・・・例えば、引き際の美学~「プロになったからにはガタガタいっちゃってから終わりたくない、
78だからね、そんなところでヨレヨレ見せたりフラフラになって歌ってたんじゃ、プロとして
恥ずかしいでしょ、ぶざまな格好は見せたくない」(お金もらっているんだから)
「自分の歌の中に“誰かが耐えて 幕を開け 誰かが忍んで 幕を引く”って歌がある。音楽の世界
の変わり方、世の中の移り変わり~ですな」「俺が壁になるのは嫌だなと思ってね」

・・・これが“北島三郎”さんの美学なんですね~。表舞台から遠ざかる身の引き方が潔いと感じま
すが、その裏には後進に託したい、更なる発展を遂げて欲しいという思いが秘められているようにも
思えます。これが永年この世界で生きてきた北島さんの愛情であり、真心だと感じるのです。

博多座での最千穐楽には、事務所所属の歌手の方々も一同に顔を揃えておられたほか、暖簾分けの
形で独立された山本譲二さん、小金沢昇司さんも駆けつけておられました。
これらの方々が打ち揃って北島さんの前で神妙な態度で話を聞いている姿はとても真摯なもので、
まるで“おやじ”の訓話を仰ぎ聞くような真剣な眼差しが感じられて印象深かった。
そして、いつも気に掛けてもらっている島津亜矢さんや藤あや子さんも駆けつけておられたようだが
、島津亜矢さんの方は一家総出のような感じで映像が何回も映りました。

ところで、BS日テレの『歌謡プレミアム』という番組に山本譲二さんが出演された時に、感動的な
こんな話をされたのを思い出します。
『みちのくひとり旅』は数年かけてヒット曲になったそうですが、このヒットの後北島さんは譲二さ
んを、あるホテルに呼び出してこんな話をしたらしい。
「何でもいいから欲しいものがあったらひとつだけ言え」と、あれこれと具体的な物を挙げて設問
されたらしいが、この時、譲二さんは故郷のお母さんのことを思って「金が欲しいです」と要望した
という。
「幾ら欲しいんだ」「金額は私から言えません、“おやじ”さんが仰るとおりでお願いします」
「じゃ、一千万円でいいか」最終的には税対策を考慮して900万円になったらしいが、譲二さんにし
てみれば故郷に暮らす母親から、三万円のお金をせびられても応じることが出来なかった苦境の
時代があったことを思い出せば、やっと親孝行ができるお金を手に出来る幸せが訪れたわけだ。
この時、六百万円を懐にして故郷の母さんのところへ出向き、手渡したのだと話された。
譲二さんにしてみれば、こんな親孝行をさせてくれた北島さんに対する恩情は、テレビで披露する程
の忘れ得ぬ出来事だったからこそ、感激をもって話されたのだと思います。

譲二さんはまたある時、“おやじ”と呼ばせてもらいたいが為に公演中の楽屋を訪れて尋ねました。
「おやじ!一つだけ教えてもらっていいですか」「なんだ!譲二」この時やっと“おやじ”と呼ばせて
もらうのが通用したのだと話されます。
「おやじさんのおかげで何とか形がついた気がします。~一生、歌を歌って行きたいと思うんですが
何か秘訣はありますか」
北島さんはこう応えます。「秘訣は無いな~、ただ一つだけ言うなら人間性かな~、人間性を磨く
ことだ」これも、譲二さんにとっては忘れ得ぬ教訓になった言葉でしょうから明快に覚えておられる。

昨年、小金沢昇司さんが福井の越前陶芸村でのイベントに招かれてミニコンサートを開かれたが、
その中でも“北島のおやじ”と何度も口にされて絆の深さを感じさせたが、独立されてからも
“おやじさん”に対する恩情は切っても切れないものがあるのだと感じました。
山本譲二さん、小金沢昇司さん、和田青児さん、皆さん暖簾分けの形でそれぞれに新事務所を設立
されましたが、やはり御大将は物心両面に亘る力添えをされたに違いないと思えるのです。

[北島三郎78歳の挑戦~最終公演の軌跡~]の映像からは、120人にも及ぶ座員の行く末を案じる
心が見えていて、みんなご免よ、これまで支えてくれて有り難う、との思いが伝わってきて情の深さ
篤さに、思わず人間“北島”を感じさせて感動させられました。

島津亜矢さんとの絆は、小さい時からの片思いの時代を含めれば相当に長いと思われますが、テレビ
での表舞台に出るきっかけを作ってくれたのも北島さんだと言われるし、北島さん作曲の『北海峡』
も楽屋に呼ばれて思いがけず提供を受け、涙をこぼしたと亜矢さんが何かに書かれました。
これが2001年のことでした。
島津亜矢さんは北島さんの歌が小さい頃から大好きだったと話されます。最近はますますその絆が深
まっているように感じられますが、きっと北島さんの人間性に対する尊崇や敬愛の念も心の中にある
のだと察せられます。
北島さんも亜矢さんには並々ならぬ愛情を示されるように感じますが、これまた、その人間性と歌唱
力を愛するからこその事だと思えます。きっと、亜矢さんに演歌の未来を託しておられるのだと・・

テレビを視ていて北島さんを慕う人は凄く多いと感じましたが、やはり人間性が人を引き付けるので
しょう。義理にも人情にも篤くて、面倒見がよくて、人を押しのけてまで前に出ようとせず、人の引き
立て役も進んでされる。言わば大乗の心をお持ちの方だと、そういうイメージが私の心に定まりまし
た。他の一面では馬主でもあり、趣味もでっかい。
いつも自然体でデンと構えておられるという感じがしますが、昔風に言えば斯界の大親分でしょう。

さて先ごろ、島津亜矢さんが所属する株式会社テイチクエンターテインメントが身売りされるとの報
道がありました。現在の親会社はJVCケンウッドですが、その持ち株の全てを株式会社エクシング
に譲渡する契約が成立したという。ちょっと見てみたらエクシングは通信カラオケの「JOYSOUND」を
展開中。
エクシングの親会社は株式の99.9%を持つ株式会社ブラザー工業。(名古屋に本社のある優良企業)
ともあれ、テイチクの経営はエクシングが握ることになるから、事業展開もかなり変わりそうな感じ
がします。新しい発想での新しい展開、島津亜矢さんのますますの発展を期待したいですね。
そしてテイチクに所属する全てのタレントさんと社員の皆様に明るい未来が開けますよう心から祈り
たいと思います。
こねこ時計 ver.3
CATS
Sweets
カレンダー
03 | 2015/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
フリーエリア
    follow me on Twitter
    カテゴリ
    最新記事
    プロフィール

    ふうてんの猫

    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR