テレビ桟敷での雑感

先週は島津亜矢さんがテレビやラジオに立て続けご出演されたので、録画、録音も念には念を入れて
の用意周到振り、普段に増して気分も高揚してとても良い一週間が過ごせました。

お芝居好きの方の中には見巧者と言われる方がおられると聞きますが、歌の方でも聞き巧者と言われ
る方がおられるかも知れません。もっとも、この場合は話の聞き上手のことを言うから意味合いがち
ょっと違ってくる。さしずめ、ここでは歌の聞き上手とでもしておきましょう。
こういう聞き上手な方は、亜矢姫ファンの中には大勢おられるのですが、私の身近な処で先ず思い浮
ぶのは掲示板『亜矢姫』談話室のオーナーご夫妻さまです。そりゃもう微細にわたりお詳しい。

これから書くのは聞き上手とは言えない“ふうてんの猫”が勝手気儘に書いて参りますので、読んで
下さる中にはお気に召さない点や間違いを指摘される部分が出てくるかも知れません。そこは下手の
勝手気儘としてお目溢し頂きたくよろしくお願いいたします。

先ずは、23日の歌謡コンサート「ひばりを歌い継ぐ」。
ここでは亜矢姫さまは「柔」でした。この番組では「柔」は亜矢姫が定番と言える程にもう何回も唄
われておられるから、しっかりと亜矢節の「柔」になっていると感じました。
前回と比べて今年は特にダイナミック度が増していた感じで、男の意気を見事に表現されていたと思
います。♪負けてもともと♪の頭のところで太い濁声のビブラート?で表現されるあたりは、他の方
ではあまり無いような聴かせどころに思えますが、亜矢姫の場合は歌に応じて多様に変化させる技を
お持ちだからこうなるのですね~。

ところで、ファルセットの事で由紀さんがひばりさんを比喩して、「低音、中間音、高音を同じ強さ
の高さで歌える方は他にはいらっしゃらない」と話され、五木さんも相槌を打っておられたが、これ
はちょっと言い過ぎではないですか、自分の知る限りと注釈をつけるならいざ知らず、このように言
い切ってしまっては、ちょっとドーダカナ~と疑問符がついてしまう。
まして、こういう言い方は自身を含め他の方をも貶めている言い方で、現役の歌い手の方々に失礼で
はなかったろうかと思えるし、ひばりさんを深く知らない若い方にとっては、フ~ンそうなのと思わ
れた方も居たに違いない。
話を出される時は他の方の歌を全て聞き知ってから言ってもらった方が納得が得られると思うから、
もし次の機会があれば、そのように願いたい。

亜矢姫がカバーする「哀愁波止場」はファルセットを見事に使って情感たっぷりに唄いきっておられ
るから、まず聴いてもらいたいものだ。You Tube ですぐに聴けますから。
「ひばりを歌い継ぐのは島津亜矢だ」と断言された中村メイコさんは「津軽のふるさと」では感涙さ
れていましたから、この言葉には十分に納得性がありました。ちなみに、この歌ではファルセットは
使っておられない。
ファルセットを使うのは歌によりけりで、ぴったり合えば情感が増すから特に女性歌手にとっては必
須の技でしょう。取り立てて話されるのは解るのですが・・。

また、今回の歌謡コンサートでは八代さんと五木さんが「愛燦々と」をコラボされて、前半では八代
さんのキーで五木さんが、後半では五木さんのキーで八代さんが唄われていましたがお二人とも相手
のキーで唄うときは声が消え入るようで苦しそうに聞こえましたが、それ程に他人のキーで唄うとい
うのは難しい事なのだと実感出来ました。
それでもね~、歌謡界では年功者を敬い立てるという不文律があるようでだから、今回の歌コンもそ
の例にもれず、「悲しい酒」と「川の流れのように」という名曲中の名曲はこのお二人に割り振られ
ていた。歌い終わって‘どや顔’されても、なんだかな~と複雑だ。(亜矢姫に唄わせろってんだ、
それが駄目なら「お島千太郎」だ!!・・・・・これは内緒)
実社会では年寄はだんだん引いていくものだが、この世界ではこの例に倣わないのが不思議なところ
ですね~。まあ、年寄を敬うのは秩序が立っていて良い事ではあると思うが・・・

まあ、今回の歌コンもいろいろと楽しめたから、この辺でおいとこ~っと。

27日にスカパーで昔の歌謡コンサートが放送されました。副題は「真夏の名人戦」
初回放送は平成14年夏のことで、13年前になりますがこの時すでに亜矢姫が出演されておられま
す。他のご出演は森進一、和田アキ子、小金沢昇司の皆さん。司会は現在朝のニュースでお馴染の
阿部アナウンサー。時間は55分もあって公平に4人が3曲づつ。それぞれ聴きごたえ十分でした。
亜矢姫の歌唱は「波」「大利根無情」「夜桜挽歌」。
7月4日にスカパー歌謡ポップスチャンネルで再放送があります。

24日はラジオで「ごきげん歌に乾杯」の放送がありました。
北島三郎さんが「俺のキーで亜矢が歌うんだ」話されて、「風雪ながれ旅」と「川」をお二人で唄わ
れましたが、成る程、亜矢姫は北島さんの1オクターブ上を唄われましたね~。
北島さんは男性では比較的音域が高い方だと思うのですが、亜矢姫は移調なしでオクターブ上を唄う
のですから、凄いものです。姫は吉幾三さんとのコラボでも吉さんのキーで唄われますねえ、これが
また惚れ惚れする程に、とてつもなく美しくて感動する(かあさんへ)。

28日の「新・BS日本のうた」も楽しみにテレビ桟敷で視聴。劇場公演では桟敷席など上がれない
のですが、その点テレビはちょい脇で見れます。特等席は誰って、そりゃあ~ま~言わずと知れたあ
の方ですニャン。
「姿三四郎」袴姿も良かったし歌も勿論良かった。しかし、この歌知りませんでした。
NHKの構成作家さん、色々と昔の歌を引っ張り出してきますから余程勉強されておられるのでしょ
う、いやはや感心します。

「独楽」これも良かったね~。聴けば頭にカッと血が上るほどに熱くなる名歌唱でしたね~。
「縁」でお馴染の作曲家、水森英夫さんがチップイン歌謡曲というラジオ番組を持っておられます。
カラオケ愛好者はかなり聴かれていると思いますが、少し前、この番組で「独楽」を紹介の時、
「素人さんがこの歌を唄うときは島津亜矢の真似をしようとは思わないで下さい」
「島津亜矢のようには絶対歌えませんから、自分流で唄ってもらえばいいです」そんな話をされてい
たのを思い出します。

亜矢姫の歌はやっぱり聴かせてもらう歌なのですね~。そうでなけりゃ、コンサートホールが満杯に
なる訳ないですもんね。今日の「さっぽろニトリ文化ホール」も、きっと満員になることでしょう。

なぜ 生きる

昨日、島津亜矢さんのシングルCDで、2006年から2009年にかけて発売されたものを何枚か
集めて聞き流していました。例によってセリフ入りの曲も多数あります。
『お吉』が発売されたのは2006年9月13日です。C/Wは旅笠道中。
歌の中に織り込まれている、お吉の独白が人生の苦悩を際立たせていて身につまされる思いがするの
ですが、しばらくお吉の境地に立ち入ってみましょう。

「ひどい!ひどいじゃございませんか いくら私がハリスの処へ行く事を承知したからといって・」

「鶴さんそりゃァ あんまりだァ たとえ 天城の山が崩れても このお吉を 離すもんかと言ったあ
れは嘘だったのかい あゝ こんな悲しい筋書きを誰が書いたんだい 夢さ 夢にきまってるよ・」

「あゝ お酒がほしいよう お酒で何もかも忘れてしまいたいのさ 愚痴も涙も涸れ果てました あゝ
あたしの人生ってなんだったんだろうねぇ」

「あゝ 寒い・・ 鶴さん 今行くからね」・・・生きる希望を失ったお吉は自ら命を絶ちます。

この『お吉』の作詞は志賀大介さんです。お吉の心情をかくも悲しく描き切って人々の感情を同期さ
せずにおかない筆力は、とてつもなく素晴らしいものだと思います。
そして島津亜矢さんの歌唱も、これまたとてつもなく素晴らしいと思います。感動があってこその
芸術だと思いますが、人の心に入り込まなければ感情の同化は得られないし感動も得られない。
そんなところに、創作家の計り知れない人間洞察力と試行錯誤があったに違いないと思えます。
この歌は真の歌謡芸術だと思うし、一時の流行歌に終わらない格調があると思います。島津亜矢さん
の持ち歌にはこんな芸術作品が他にたくさんあるんですね~。素晴らしい!!

志賀先生は『日本音楽著作家連合』の会長さんです。
ちなみに、初代会長は藤田まさと先生(旅笠道中、大利根月夜、岸壁の母)、第2代会長は星野哲郎
先生(なみだ船、男はつらいよ、兄弟船)、第3代会長は松井由利夫先生(だから云ったじゃないの
、箱根八里の半次郎、流れて津軽)第4代会長志賀大介先生(お梅、お吉、八重~会津の花一輪~)
です。

お吉のように生きる意味を失って命を絶つひとは現代でも数多くいます。一方、生きたくてもそれを
許されない過酷な運命の人も数多くいます。すべてが幸せで順風満帆な人生を送られる方ばかりでは
ありません。まさに、人生いろいろだと考えさせられますが、お吉の場合は時代の波に翻弄されて、
うたかたの夢のなかに生きた哀切きわまりない女性だったのだと考えさせられます。

『旅笠道中』は藤田まさと先生作詞ですが、島津亜矢さんの歌では野本高平先生が台詞を構成されて
います。これも、ちょっとなぞってみましょう。

「人間 おぎゃアと生まれて思う様に生きられる者は 一体何人おりましょう 上を見ればきりがな
い 下を見れば我慢もできる 近道なんかするよりもせめて おのれの心に嘘をつかづ 生きてみた
いと思います」

「明日がない 夢がないと仰るんですかい そりゃ一寸先は闇の浮世と云いますが ごらんなさい道
端の 名もない小さな花でさえ 春が来りゃぁ世に出ます この人間界(うきよ) まんざら捨てた
もんじゃございませんぜ」・・・・・ここでは前途への光明が見えています。

ここにも苦悩を抱えて生きている人がいますね~、人は皆多かれ少なかれ苦しみや悩みを抱えて生き
ているのでしょうが、生甲斐を無くしてしまえばもぬけの殻になってしまいます。
「なぜ生きる」と問われれば私など返答に窮してしまいますが、宗教に人生の拠り所を得ておられる
方は別にして大概の方は命題をもって明答できる方は少ないかも知れません。

これほどに、悩みや苦しみの多い人生ですから、何かしら生甲斐を見つけて暮らしたい思います。
論語を熟読している訳ではありませんが、たまたまこんな語を見つけました。
貧しくして楽しむ。
貧乏であろうとも、あわてることはない。目的をもって生きる、信じるところに生きる、趣味に生き
る、修養につとめる、そこにおのずから、積極的な人生の楽しみが生まれるのだ。・・・
こんなところが参考になるのでしょうか。

・・・趣味ならやっぱり芸術の香り高い島津亜矢さんですかね~。・・・

 野本高平先生については昔こんな事を書きました。

つい先日、義弟が逝きました。悲しみはまだ癒えていませんが、病院を一時退院し、力を振り絞って
銀行回りをして、業務上の月締め債務を支払処理をいていったその姿が、忘れ得ぬこととして瞼にあり
ありとしていますが、その五日後に逝きました。
その誠実さ、その人間性の尊さに感嘆させられるのですが、まさに凄絶な人生の終わりだったと言え
ます。そんな生き方は私にはとても出来そうにありませんが、人間力と胆力を備えた人は市井にもい
るのだと思い知らされた思いがしています。人生って何、生きるって何、人の一生は、はかないもの
と解ってはいますが、その時になって自分の心をどう律するのか、難しい命題です。

中日劇場の千穐楽は上の事情で参加できませんでしたが、手元に残ったチケットは思い出の一枚とし
て、いつまでも残しておきたいと思っています。
こねこ時計 ver.3
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    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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