鶴八鶴次郎(4)

・・・十二時に近い夜更け、上野山下の桜川という腰掛の呑み屋で、佐平と鶴次郎とが差しで二人とももういい加減に酔っていた。
「馬鹿だよ、お前さんは全く馬鹿だ、これほどの馬鹿とは思わなかったんだが……」
「つくづくあきれ返ったか」
「呆れた。腹の底からあきれた」
「あれほど乗り地になって来たお豊さんを、怒らせるのが馬鹿の証拠だ、ちとやそっとは腹が立っても我慢して、たとえなだめながらでも帝劇へ出ねえという話はねえ、せっかくお豊さんがお前のために名人会へも出てくれたし帝劇へも出ると云うんだ。いくらお豊さんの芸が拙いからといって……」

「拙くはねえんだよ」と鶴次郎は佐平の言葉を押さえつけて、
「拙いどこじゃねえ、鶴八は名人だ、これから先、女の芸人であれほどの奴は決して出て来やしねえ」
「だって、さっきはお前……」
「あれは嘘だ、心にもねえ嘘を云っていたんだ」

・・・あきれて、佐平はまじまじと鶴次郎を見つめるばかりだった。

「三年前の新富座で、俺は鶴八と喧嘩した。木遣りの受けが拙いと云って、今日と同じ喧嘩だったが、三年たった今日の赤坂じゃァ、荒んだ俺の語り口より、お豊の方がはるかに上手だ、あいつの方が芸は上だ、本当の事を云えば、全く感心しちゃったんだ」
「それだのに、何だってお前はまた、あんな事を……」
「云わなきゃァお豊は芸人に逆戻りする。亭主がいけねえと云ったら離縁を取って舞台へ出る――お豊は俺にそう云うんだ」
「そう云ったのか」
「云った、確かにそう云った」

「佐平」
呼びかけた鶴次郎が、ふっと目を伏せてしんみりと、
「落ちぶれた三年の間に、俺はしみじみと芸人がいやになったんだ。長い盛りのある仕事じゃァなし、盛りを越した芸人の惨めさは、まだ鶴八にはわからねえ、俺にしたってあいつが芸人に戻ってくれりゃァ、昔の人気を取り返す自惚れはたっぷりあるが、盛りをすぎた先を思えば、目先の出世は目に見えても、生涯の幸福にはならねえじゃねええか」
「…………」
「せっかく、松崎という立派な御亭主を持って、黙っていれば生涯奥様と呼ばれてくらせる身の上の鶴八だ。女にとってこれ以上の出世はねえ、芸や、人気が何になる。盛りの短い目先の欲で、可愛い女の生涯を踏みつける事は出来ねえ」
「…………」
「お前も知っているだろう、俺はお豊の外には女に惚れた事が一度もねえ、つまらねえ口喧嘩から、別れ別れになってはいても、俺はいまだにお豊に惚れている。芸が拙いと云ったのも、覚悟の上で仕組んだ芝居だ。あいつはもう生涯、舞台へは出なかろう。松崎の奥様で幸福に死ぬだろう。それが何よりだ。何よりの出世だ。佐平――お前、そうは思わねえか」
「…………」
「そう思ってはくれねえか」

「うん」かすかに佐平はうなずいて、短冊形のテーブルに目を落としながら、
「判ったよ」小さい声でつぶやいた。

「六日間の名人会が俺と鶴八の死に花だ。俺はそれで本望なんだ。どうせ俺一人じゃァ竹野も構っちゃァくれなかろう。が、ナーニ、流しをしたって食うには困らねえ、女とちがって男一匹だ、佐平」
きらりと光った涙を右手の甲になすりつけると、・・・・・二人はまた、しみじみと呑み交わす。


芸人は一度スポットライトを浴びたら、それはもう忘れられないものになる、という話を聞いた事がある。
芸を披露して、乗りがよくその極限の境地にいたると、何ものにも替えがたいエクスタシーを感じるのではないかと想像される。
だからその味をしる者は、全てをなげうってでも、その世界に浸りたいと思うに違いない。まさに、この鶴八が心の偏狂を来し芸に固執したのも、この境地を忘れられなかったからに違いないと思える。
しかるに、その芸を貶されれば、自負がグシャグシャになり、全てをほうり投げてしまう。あれほど、一緒にやろうと言った相手、鶴次郎までもバッサリと心の外に追いやってしまう。
ほんに、芸とはすさまじいはものだと感じ入る・・・

先日偶然に、鬼才といわれるロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーさんがNHKに出演した際のインタビュー放送を観たが、この中で彼は「ライブはエキサイティングでアドレナリンが出るので好きです。音楽家の多くはギャンブラーのように、いつもアドレナリンを求めてしまうのです」という話をされていたが、芸術、芸能者の本質はまさに、これだなと納得させられてしまう。われらが島津亜矢さんも、きっとこの例外ではないでしょう。いつも、あれだけの喝采を浴びつづけるのですから・・・

さて、この小説の中の鶴次郎さん、名人と言われながらも、二人一緒でなければその真価を発揮でないのだが、あえてそれを承知で自分を殺し、好きな鶴八の生涯の幸せを願って、名実ともに別れていく。
この心情、しびれますね~。まさに、男伊達だ。
そういえば、こんな場面、映画にもありましたね。「カサブランカ」での、ダーク・ボガードが演じる、
リック。最後の、あの後ろ姿にしびれましたね~。洋の東西を問わず、男伊達はいるものだ。
この映画の製作は1942年、小説「鶴八鶴次郎」は1934年、こちらが少々古い。


以上で、鶴八鶴次郎の話、お終いにします。
さて、亜矢さんの唄でも聴かせてもらいましょう。もちろん今日は、鶴八鶴次郎だ・・・

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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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