「女国定」という歌

むかし、こんな事を書きました・・・・・。

長兵衛様、ふんこがすぞ様、亜矢友の皆様、こんにちは。
今日は、管理人ご夫妻様はひょっとして東京の空の下ではないかと、ちらっと思ってはいましたが、やっぱ
りですね。私の感は当たり前のように当たってしまうのですが、凄いですね。凄いのは勿論管理人ご夫妻様
の行動力です。ハイ!!

3月11日の巨大地震、大津波により多くの方々が被災し、命を落とされた方もとてつもなく多くて心が痛
みます。また、今なお避難所において不自由な生活を強いられておられる方もたくさんおられます。この方
々に対して自分たちに今何ができるのかと気に病むこともあるのですが、当事者でなければその実態が解る
訳でないし身代わりになることも出来ない。ただひたすら政官民の支援を得て一日も早く安寧な生活が訪れ
ることを祈るばかりです。

この様な大天災の後、原発事故が何時収束されるのかと心配の種が尽きませんが、避難されておられる方々
にとっては徐々にではありますが、次の目標が見え始めてきた頃ではないかと思えます。
とにかく希望をもって前進されることを願って止みません。

テレビ放送等では震災関連の報道が中心となり日々の現場状況が刻々と伝えられ、視聴する側も自然に情報
を共有することとなっている訳ですが、やはり気持ちは辛いものがあります。
こんな中、テレビ、ラジオ等から流れてくる歌などは、辛い気持ちをたとえ僅かな時間でも忘れさせてくれ
て、明るい希望や癒しを与えてくれるものではないかと感じていますが、反して特にテレビでは歌謡番組を
自粛しひたすら自重しているように見えます。不謹慎と謗られるのを危惧する面からの措置とも思えますが
、時宜を計って再開して欲しいと思います。
思うに、亜矢姫の「歌路遥かに」の歌詞では、歌を聞くことによって、心洗われたりしませんか、命救われ
たりもしませんかと直接的に訴えかけていますが、これらは幾多の人々の実体験がそのまま詩になっている
ようにも思えます。いまこそ、この歌を多くの方に聞いてもらいたい。姫様には折に触れて唄って欲しいと
思うのです。

さて、歌番組自粛の中「BS日本のうた」の再放送を皮切りに僅かな数ではありますが放送が始まりました
。二葉百合子さんの引退コンサートの模様も26日に放送されました。
77年に亘る芸能生活に終止符を打つファイナルコンサートは、3月6日NHKホールにおいて開催されて
多くの方がその芸を堪能し、また惜しみつつお別れをしたのでしたが、ご出演の亜矢姫はいたく感激された
ご様子で、多くの方々にテレビ視聴を勧奨されました。

映像からは、二葉さんご自身の来し方を思っての感無量の面持ちがテレビ画面からひしひしと伝わってきて
、感動的に視聴させてもらいましたが、まさにラストコンサートに相応しい内容だったと思います。
また、いま歌謡界で最も充実しているお弟子さん達に囲まれての公演でしたので、一面誇らしい思いもお有
りではなかったかと勝手に想像していますが、今後、このお弟子さん達が二葉さんの芸を引き継いでいかれ
ますから、これからの発展が楽しみです。

公演の締めを飾る「岸壁の母」の長編ものも圧巻で素晴らしいものでした。
以前、何かの放送で声を一日出さなかったら取り戻すのに数日かかるという話をされておられましたが、ま
さに努力なくして大成なしを実感させるお言葉でした。

コンサートでは、私の全く知らない「女国定」という歌もお歌いになりましたが、今、亜矢姫が「忠治侠客
旅」をリリースされたばかりですし、女国定という語彙が最近読み止しの図書の中にあったことを思い出し
、ちょっとページを繰ってみました。もちろん二葉さんの歌とは直接の関係はないのですが、関連する事柄
を探ってみるのも一興かと思い駄文を綴ってみます。

「女国定」の歌詞
歌手:二葉百合子 作詞:山崎正 作曲:山口俊郎

上州小町は 昔のことさ  今じゃ呼び名も 火の車
丁と張りましょ 若し半でたら  見せて上げましょ この肌を

(せりふ)
「手前生国と発しますは 関東にござんす 関東関東と申しましても いささか広うござんす
上州は山田郡 赤城の山のふきおろし 天王村にござんす 庄屋の家におぎゃと発しました 
手前こそ女らしさはみじんも無く お見かけ通りの白むく鉄火 一天地六の賽の目に
張った命は利根川の 深さに勝る不孝者にござんす
親の意見も空吹く風とふき流し 四六三年半目を売って 長脇差(どす)を抱き寝の旅がらす
名前申し上げます失礼さんに御座んす 通称火の車お万と発しまして 稼業昨今駆けだしもんに御座んす」

女だてらに 仁義を切って 結ぶ一夜の かりの宿
ぐれたこの身を くやむじゃないが 夢で泣く夜も たまにゃある

風に吹かれて 旅から旅へ やくざ渡世の 七曲り
胸に抱いてる 故郷の空を 晴れてみる日は 何時じゃやら


'火の車お万'は山田郡天王村(桐生市)と歌われていますから、実在した女侠'菊池徳'の生まれ故郷有馬村
(現・渋川市有馬)とはそう遠く離れてはいません。この徳をモデルとしたとすれば、生家の一倉佐兵衛は
後に百姓代(名主等のお目付け役)の重職についていたと言われるし、晩年の徳は一階に八畳の座敷が四間
もあるような大きな赤城型民家を有し、屋根裏は養蚕のための作業場としていたといいますから、ここを賭
場にするには何の造作もなかっただろうと言われています。この'徳'をモデルとするにはお膳立てが恰好で
、女忠治の主人公になっても不思議ではありません。

昭和二年(1927)監督:伊藤大輔、主演:大河内伝次郎のコンビで股旅映画「忠治旅日記」三部作が製作さ
れたといいますが、この最終作の「御用編」で忠治の最後に立ち会う、お品(実は徳)を演じたのが伏見直
江という女優さんであったといいますが、ここでは凄味の利いた姐御を演じて観客を魅了したと言われます
。主役大河内伝次郎の忠治に匹敵するほどのお品(徳)役の伏見直江の人気に、日活は主客をとりかえた映
画を製作しました。

昭和七年(1932)日活は第1回トーキー映画と銘打って「女国定」を送り出すのですが、この作品では女国
定は実名の'お徳'となって、忠治亡き後、忠治の恩を忘れ、悪を行う裏切り者を徳が忠治にに成り代わって
やっつけるという筋立てで、この映画は大いに当たって、伏見直江は「女国定」が十八番となって股旅映画
の姐御女優のトップに駆け上がっていったといいます。・・(この件、高橋敏著:菊池徳の一生で詳しい)

何も知らない私は、二葉さんが「女国定」を歌われて、ちょっと突飛な感じがしたのですが、この歌が出来
たころは上に書いたような時代背景があったのではないかと思います。
しかし忠治さんは凄い人、群馬県民謡として「八木節」に歌われ、平成の今でも「忠治侠客旅」がヒットチ
ャートを賑わしているのですから。

カラオケファンという月刊誌に、「忠治侠客旅」の寸評がありましたので拾ってみます。
・・・島津おなじみの名作歌謡劇場。「忠治~」の主人公は江戸時代の侠客・国定忠治。「雪の~」のヒロ
インは“絵島生島事件”の絵島。どちらもせりふ入りで、ストーリーはもちろん、登場人物の人柄までよく
分かる。毎度のことながら、やはり聴くことに専念したい。・・・
こんな、寸評もらった歌が発売初週でオリコン3位、30日更新の第2週で8位に頑張っています。
聴く歌に専念されてしまう歌がチャートを賑わすなど、最近はあまり知りません。このまま、頑張り続て欲
しいと思いますが、それにしても「歌路遥かに」もチャート上位にいても良いとおもうのですが、そうはな
っていない。世の中不思議なものですね。

今日は、明治座公演の初日、暗い世相を吹き飛ばすような大感動の声がなにやら聞こえてきそうで、気もそ
ぞろ、被災された皆様にも感動の舞台を観賞できる日が遠からず訪れます事を切に願っています。

以上、2011/03/30 『亜矢姫』談話室に投稿                            

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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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