『瞼の母』よもやま話(1)

長谷川伸の代表作の一つである『瞼の母』は昭和5年(1930)作者46歳の時に書かれた作品で、最初発表
されたのは村松梢風の個人雑誌「騒人」であったという。翌昭和6年3月には明治座で守田勘彌主演で上演
されたのが好評を博し、その後役者や劇場を変えてたびたび上演されて今日に至っている。
現在でも歌や芝居に取り上げられているが、その底に流れているテーマ、親子の情や人間愛は誰しもに通じ
る普遍的なものであるから、人々は共感しいつまでも古くならずに愛されているのだと思う。

長谷川伸は明治17年(1884)3月15日横浜に生まれたが、三歳の時に父の放蕩がもとで、母が家を出る
ことになって生き別れとなる。その後消息は途絶えていたが47年後の昭和8年(1933)にこの戯曲が評判
になったことにより、母との再会を果たすことが出来たのだという。この時、生母こう71歳、伸二郎(実
名)49歳だった。
こんなめぐり合わせはまさに劇的であるが、幼いころから生母に対する憧憬はずっと持ち続けていたに違い
ないから、そんな我が身の境遇がこの戯曲を書かせる動機になったのかも知れないと思いたくなる。
特に料理茶屋水熊での母子対面場面での忠太郎のふりしぼるような科白は、見事に子供心を表していて身に
つまされる。また、作者も自身の身の上に引替えて夢と現実を往ったり来たりする心をどのように始末をつ
けて表現するか、相当に苦心されたに違いないと思うのだが、読み、見聞きするものにとってはあの場面が
圧巻だ。

この『瞼の母』、歌謡界では多くの歌手の方が歌われていてPC上でも見聞きすることができるが、CDが
発売されていて世間に広く知られているのは中村美律子さん(1991.8.Re.)のものや島津亜矢さん
(1992.2.Re.)のものであろう。リリース順に言えば岡田美鈴さん(1991.5.Re.)のものもあるらしいが
、あまり知られていない。
しかし、さらに古くは浪曲師の京山幸枝若(初代=1926.8.10~1991.6.24)さんがおられて、この歌や浪曲
をものにしておられるから、元歌はこの京山さんであろう。作曲は沢しげとさん=村沢良介さんである。
作詞は坂口ふみ緒さん(男性)であるが、歌詞も見事だし忠太郎に語らせる科白も原作をかなり脚色してい
て、これはこれで見事な言い回しになっていると感じる。
考えてみれば、原本が同じでも脚色家や演出家や演じ手(歌い手)が変われば自ずと受け取る感動は違った
ものになる筈で、ここのところが腕のみせどころとなるのだろうから、異本があってもうなずける。

さて、NHK「BS日本のうた」では『瞼の母』を
「長編歌謡浪曲 瞼の母」と題して2008年9月20、21日に放送した。(収録は呉市2008.8.28)
 原作  長谷川 伸   
 作詞  坂口ふみ緒 
 作曲  沢 しげと 
 節付け 春野百合子
 出演  島津亜矢(忠太郎) 中村美律子(母~おはま、その娘~お登世)

 ここでの春野百合子さんは2代目(当代)さんでしょう。中村美律子さんは歌手になる前はこの方に浪曲
を師事されたといいますから、ここでの歌謡節は師匠直伝の本格的なものでした。
 また、島津亜矢さんは忠太郎なりきりの長科白を涙を溜めて大熱演されると共に『瞼の母』も熱唱。
 お二人の熱演は全篇で19分にも亘る感動的なものとなりましたが、「BS日本のうた」のスペシャルス
テージでの長編歌謡浪曲は史上空前のものとなり、長く記憶にの残るものとなりました。
 今後、再演されるかどうか判りませんが、せめて再放送を期待したいものです。


それではここで、島津亜矢さんの長科白の一部を再現してみましょう。
忠太郎が'おはま’に対してする、積年の思いの丈を込めた最後の独白です、。

「おかみさん、お前さん今あっしのことをゆすりと言いなすったけ、
 
 冗談言っちゃいけねえぜ、ゆすりでもなけりゃ、かたりでもでもねぇ、

 見ておくんなせえこの百両、博打で貯めた金じゃねえ、たずねたずねたおっ母さん、

 無事な暮らしをしてりゃいいが、もしも貧しい所帯なら、せめて何かの足しにでもと、

 汗水流して働いて貯めた金の百両だ、渡る渡世の立て引きで、丁と張ったら半と出て、

 半と張ったら丁と出る・・・すっからかんになったときゃぁ、何度この金に手が掛かったか判らねえ、

 いやいや、そうじゃねえぇそうじゃねえぇ、おっ母さんにめぐり合うまでは、

 指一本ふれちゃならねえぇと、温め続けてきた金だが、それも役にゃぁ立たなかった、

 こんな薄情な人と知っていたら、俺らあぁ訪ねてくるんじゃなかった、

 こうして瞼をつぶったら、いつも優しいおっ母さんの面影が浮かんでくるやつを、

 わざわざ骨おって消しちまった・・・

 おかみさん、くれぐれも躰に気をつけておくんねせえぇ・・・ご免なすって・・・」

こうして、忠太郎は「水熊」を出ていきます。


この後、おはまとお登世が忠太郎の後を追いその姿を探し求めるのですが、母娘の幸せにじゃまとなると思
う忠太郎は呼び声を聞きつつも、自分を殺して去って行くのです。心の中でおっ母さんと叫びつつ・・・
これは、最後のわかれの場面のところですが、亜矢さんの迫真の演技は中村さんも舌を巻く程で、終演後の
言葉が全てを物語っていました。
島津亜矢さんのスペシャルステージは何時もなんらかの特別な印象と感動を残してくれるのですが、この時
も、まさに会場内を興奮のルツボと化すような演技と歌を披露してくれたのでした。

下のサイトでは京山幸枝若さんと春野百合子さんによる歌謡浪曲を聞く事が出来ます。おそらく今回の舞台
のベースとなったものではないかと思われます。

http://www.youtube.com/watch?v=Dtsrn5AFins

コメントの投稿

非公開コメント

こねこ時計 ver.3
CATS
Sweets
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
フリーエリア
    follow me on Twitter
    カテゴリ
    最新記事
    プロフィール

    ふうてんの猫

    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

    リンク
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR