藤十郎 と お梶 (1)

島津亜矢さんの名作歌謡劇場シリーズ、「お梶」(C/W沓掛時次郎)が発売されたのは1993年9月21日だ
からおよそ20年前のことになります。ちなみに、「おさん」はその7年後の2000年9月21日。(資料は
ファンサイト 演歌桜・亜矢桜から)
若くしてこのような大作を物にしている事を思うと、島津亜矢という歌手が如何に芸術的資質を備えている
方であるかが解りますし、また、世間の多くの方々がその芸に心酔していることが色々の情報から窺えるの
ですが、それが至極当然のことと理解できるのです。

さて、「お梶」は2010年のデビュー25周年記念リサイタルで「長編名作歌謡劇場」として上演された
のは新しいところですが、これが再演と聞いたように思いますから、それ以前にも上演されているのでしょ
う。しかしそれが何時であったかはファン歴の浅い私には説明する資料の持ち合わせがありません。

今回のリサイタルでの島津亜矢さんは、藤十郎とお梶の二役をそれぞれの人物に成りきって見事に演じ分け
られ、その舞台姿が断片的に脳裏に浮かんでくるのですが、出版された歌と違って物語の構成要素が舞台上
での一度きりの語りの部分でしか説明されない部分もあり、観る方はややもすると全てに気持ちを集中でき
ずに、見逃し聞き逃しを生じさせてしまう場合があります。
今回の演出も原作をほぼ忠実に踏襲していたと思いますが、これもリサイタルのパンフを見て、さらに原作
を読んで分かる始末。
藤十郎が演ずる役所が「大経師昔暦」の茂兵衛であったと解るのも後の話、それほどに私の場合は何に見惚
れていたのか或いは聞き惚れていたのか注意力が行き届いていなかった。

「お梶」のことをテーマにしようと思うのに何故「おさん」のことも持ち出すのかと言えば、菊池寛の「藤
十郎の恋」を読むまでは藤十郎が芸に苦心を重ねた役所が‘おさん茂兵衛’物語の中心人物である茂右衛門
(茂兵衛)とされているからですが、さらにDVDのパンフを見れば、亜矢姫も藤十郎役の独白でちゃんと
大経師昔暦と語っている。こんなことを理解せずに観劇していたのだから、何をか言わんやである。

「藤十郎の恋」と言えば、芸の為に‘偽りの恋’を人妻に仕掛けたというのが話の中核を成すのですが、果
たしてその真実とは?もう少し、ほじくって見ることにします。

「お梶」菊池寛原作 藤十郎の恋より
作詞:吉田博司 補作詞:村沢良介 作曲:村沢良介 編曲:池田孝春

噛んだ唇 したたり落ちる  血で書く名前は・・・
おんな心をもてあそび    奈落へおとして ・・・・
憎いの 憎いの       憎い恋しい ・・・

(セリフ)
恋の成就が叶わぬならば この黒髪をプッツリ切って 冥土の旅へ旅支度
悔しさも 哀しさも 憎しみも今は消えました 
あゝ きれいやなァ 祇園の町の宵明り 藤さま 梶はおんなに戻ります


浮世舞台の からくりなんか 忘れてあなたと ・・・・
墨絵ぼかしの 夕暮れに   人目しのんだ 屋形船
愛しい 愛しい       おんな泣かせの ・・・

(セリフ)
ふたつに重ねて 切り刻まれて あの世とやらに堕ちましょう
嬉しい 嬉しい 藤さまのあの夜の言葉 
思い出しても 耳朶まで 火照って 狂いそうでございます 
おんなの真実は 阿修羅の流れの様でございます
幾度この世に生まれて来ても 梶はあなたの 女でいとうございます


命下さい わたしにすべて  地獄に落ちても ・・・・・
お梶あなたに ついてゆく  おんな哀しい ・・・
逢いたい 逢いたい     せめて夢でも ・・・

亜矢姫が歌う「お梶」にあるように「人目しのんだ 屋形船」と唄われるような場面があったのだろうか、
原作にはこの様な情景はひとつも見当たらないのですが、作詞家は見事な表現力と構成力でこの世界を独自
に創作し描き切ってしまう。ここが芸術家といわれる所以だろうし、唄って表現する亜矢姫しかり、作曲家
しかり、編曲者しかりだと、芸術の奥深さに今更ながらに感じ入るのです。

そこで、菊池寛の小説「藤十郎の恋」をネタにして、その恋とはどのようなものであったのか、少しく考え
てみたいと思います。藤十郎が取り組む新しい狂言の材は、大阪にいる近松門左衛門に依頼したとされてい
る「大経師昔暦」。かくして藤十郎は、お梶をおさんに見立て、自身は茂兵衛(茂右衛門)となって芸に工
夫を凝らすことになるのですが、この経緯のなかで、お梶の激しい恋情をふみにじってしまうことになる。
果たして藤十郎は初めから偽りの恋を仕掛けたのだろうか。
・・小説ではこの「大経師昔暦」を題材としたことにされているが、実際は時代設定にズレがあるらしく、
それを指摘された菊池寛は芸術的効果を挙げる場合はそれも創作家の特権であると述べたという。・・

『耳塵集』(にじんしゅう・享保十二(1727)年刊)=歌舞伎役者の金子吉左衛門が書き留めた古人役者の説
を纏めたもので初代坂田藤十郎の芸談が収録されていて、この中にこの話があるという。『坂田藤十郎狂言
の工風に祇園の茶屋の花車(茶屋の女主人)に恋をしかけ、なびくと見て逃れ去る。世人さすがは名人の心
がけ哉と感嘆せり』
そして、菊池寛自身が執筆の動機および題材について次のように述べているという。
「私はこれを読んだ時、いつわって恋をしかけられた花車に、満腔の同情を寄せた。そんな目に会っては、
堪らないと、思った。女として、そんな目に会っては、堪らないと思った。又、そんな事をする藤十郎の残
酷さを憎んだ。又それを名人の心得だと云って感心している当時の人情に反感を抱いた。」・・・・・本の
巻末にこんな注解がありますから、菊池寛は相当なフェミニストで、やはり、根底、人間としての優しさを
持った人だったと感じられます。

だから、この小説に描かれる藤十郎は芸のために本当に偽りの恋を仕掛けたのだろうか、いや、そうであっ
てはあまりに冷徹すぎる、味気なさすぎる、少しは人間の情を絡ませて欲しいというのが俗人の感じるとこ
ろだと思うのですが、果たして小説ではどんな描き方がされているのだろうかと、思いがそちらの方まで動
いていくのです。

次回のスレに続けます。

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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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