忠治中風に倒れ捕えられる

弘化3年(1846)2月、徳の夫千代松が31歳の若さで亡くなります。徳は「後家」となるも一家の主
として菊池家を守り立てる一方、家は義弟清七に譲り自身は分家独立して有馬村の生家から甥を養子
に迎えて自立の道を歩みます。この時家屋敷を大がかりに普請しています。

徳の住んでいた家は徳の死の直後(1890)、近村(現前橋市大室)の勧昌寺に売られ庫裏として移築され
たそうですが、徳の家は八畳が4部屋もあり襖を取り外せば三十二畳にもなり、二階部分は養蚕のた
めの蚕室に当てられるもので相当に大きなものであったといい、この経済力は徳の養蚕を主とした、
したかかな農家経営からもたらされたものだと言われます。

徳が鷲悍(しかん)と言われるには、自立する上州の女性が隠されていて、寡婦とはいえ一町六反余の
養蚕経営を、使用人を駆使して自在にこなす一家の主であったことです。
忠治との繋がりは強い男に従属して助けてもらおうというのではなく、むしろ「凋落の忠治を助けて
やろう」という程の心意気ではなかったろうかと高橋敏さんは思慮しておられます。

弱気の忠治は嘉永二年(1849)十一月、跡目を子分の境川安五郎にゆずったのですが、後は会津にでも
隠棲しようとも考えたらしい。しかし、逡巡を重ねるうちにもなかなか決心がつかず、問題の日を迎
えるのです。

嘉永三年(1850)七月二一日、忠治は愛妾町がたまたま訪れていた兄の庄八宅で中風に倒れる。(忠治
40歳)口がきけなくなり、体は麻痺。口からだらだらと涎を垂らしている。
町は弟の友蔵と跡目を継いだ安五郎らに来てもらい、中風に倒れ身動きがままならない忠治をどうす
るかを相談します。結果、五目牛村の徳のところにあずけるのがのが最良の策であろうと決まり、徳
のところに相談をもちかけるのですが、徳は、町と同衾中に発作が起こったのであるから、町のとこ
ろで面倒をみればよいと突っぱねてしまいます。

一同はいよいよ困り、思いついたのが田部井村の名主西野目宇右衛門です。宇右衛門は天保飢饉のと
き磯沼の浚渫を忠治の力を借りて行っており、言わば忠治の同士と言える人です。かくして、忠治は
名主の宇右衛門の屋敷内でかくまわれて療養することになりました。
発病から32日後の8月24日、田部井村名主宇右衛門の家を、関東取締出役とその手の者が急襲し
ます。忠治は捕えられ、他にその場に居合わせた町、徳の女性二人と子分清五郎、それにこの家の宇
右衛門ら7名が捕えられました。この捕り物を指揮したのは関東取締出役の中山誠一郎という役人。

忠治をかくまうことは盗区内(赤城山麓の忠治の地元)では日常のことであったと言われますが、療
養の宿とするには危険がある。忠治は関所破りの悪党であり、御用となれば累が及んできます。
公事方御定書(江戸幕府の基本法典)では「悪党ものと存じながら宿いたし、又は五七日宛て逗留つ
かまつらせ候者、重き追放」という条項があり、さらに但し書きがあって「但し、悪党者磔に被行候
は、宿致候者、死罪」とあり、忠治が磔になれば、かくまい宿を提供した宇右衛門は死罪にあたりま
す。

この公事方御定書の内容を宇右衛門ほか徳や町などが知っていたかどうかは解りませんが、結果とし
ては宇右衛門は忠治が磔になった時に江戸小塚原で首を刎ねられてしまったのです。
高橋敏さんは、徳は町に対する嫉妬心から、かくまいを断わったのであろうと書いておられるが、こ
のとき、徳のとった行動が結果的に徳に幸いし忠治の華々しい最後へと繋がっていきます。

それにしても、忠治が病に倒れ田部井村名主宇右衛門のところに潜伏していることを関東取締役出役
に密告したのは誰か。よく言われるのは、忠治をかくまった宇右衛門自身であるという説。
羽倉外記の『赤城録』では宇右衛門の裏切りを書いていて、「宇右衛門は信用し難い、しかしオレも
20年余りもの間お尋ね者の悪党で生きてきた体、発病して極刑にさせられるのももとより甘んじて
受けよう」と忠治がひそかに子分の安五郎たちに告げたということを記しているそうです。

また、勘定奉行の下した宇右衛門の判決書においても、忠治をかくまったのも忠治とのこれまでの関
わりが露見することを恐れたためであり、かくまいきれなくなった時には自ら忠治を家内に引き寄せ
ておいて差し押さえましたと申立て、ひとかどのお役にたってその身の罪科を宥免してもらう算段で
あったと断ぜられたということです。

忠治さんの時代のことは相当に細かいことまで詳しく解るのですが、きっと研究者も多いのでしょう
。ただ、宇右衛門の場合は磯沼浚渫など、本来はお上がやるべきことを、忠治と共に自らがやっての
けたことを不埒と見られて処断されたとの高橋敏さんの見解もあり、今となっては何が真実かは解り
ません。

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