忍ぶ恋

今週29日から始まった、新聞、テレビでのユーキャンさんによる『島津亜矢の世界』(CD10巻組)の
一大キャンペーン、あまりに大々的で華々しく、まったくもって度肝を抜かれる程の壮大な仕業でしたが、
いつまで続けてくれるのでしょう。短期集中で一気にという感じだったのか、今日はまだ見ていない。

こういう形での宣伝、歌謡界では今までに見たことも聞いたこともない程のスケールの大きな宣伝だったと
思うのですが、亜矢さんの実力を熟知するファンにしてみればこのようなやり方は驚きではあるけれど、あ
の多彩な声と美声で多彩なジャンルの歌を並外れた歌唱力で唄いこなす亜矢姫の事を思えば、これが不思議
な事にも感じられず、広い世間に知らしめるにはこの程度のことはあってもよいと、誇らしく平然と受け止
めておられる方が多いのではないかと思われる。

しかしながら、よくよく考えてみれば、恐らく莫大ではないかと思える宣伝費をうまく回収できるのかしら
と、いらざるところに思いが至ってしまうのだが、この会社の思い切りの良さ、度胸の良さは亜矢姫の歌に
ある紀伊国屋文左衛門の世界を地で行くような痛快さを感じますね~。大成功になることを祈ります。

ところで、先日多治見コンサートに参加させてもらいましたが、主催者のキャッチコピーがあまりに素晴ら
しい表現をされていましたので、記念にと思いちょっとコピーをさせてもらいました。
ユーキャンさんの、この度の大宣伝は会社ぐるみの意志が反映されたものと思えるが、その思いは多治見コ
ンの主催者と同じ思いがお有りではないか、いや或いはそれ以上かも知れませんね~。


9月21日多治見コンサートのキャッチコピー
『演歌の枠にとどまらない日本人最高の歌い手島津亜矢の歌声は、神が与えた神器。ド迫力の声量と音域の
広さは圧倒的。さらには繊細な表現力も兼ね備えており、日本人最高の歌い手との呼び声も高い。演歌だけ
でなく、ポップスソングの表現力も超一級品。歌と声に酔いしれ、感動のひとときを


7月の新歌舞伎座公演・楽日を観て、こんなことを書きました・・・・・。

忍ぶ恋
長兵衛様 ふんこがすぞ様 亜矢友のみなさま 今晩は。
24日の新歌舞伎座 千穐楽の観劇に行ってきました。年に数度のささやかな楽しみですが、外は暑くても
歌や演劇に酔わせて頂くには、多少の我慢は仕方ないですね。

「恋の至極は忍恋と見立て候。逢ひてからは恋のたけが低し、一生忍んで思ひ死する事こそ恋の本意なれ」
  歌に・・・恋死なん のちの煙にそれと知れ つひにもらさぬ中の思ひは
 これこそたけ高き恋なれと申し候へば、感心の衆四五人ありて 煙仲間と申され候。
・・・これは「葉隠」のなかの一節
葉隠とは「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という言葉で有名な「葉隠聞書」のこと。語ったのは佐
賀藩の山本常朝という人、語るところを筆記して編纂したのが田代陣基という人。1710年から7年の歳
月要したという。三島由紀夫はこの「葉隠聞書」を終生の座右の書としていたらしいが、これを哲学書と見
れば三大特色を持っていると「葉隠入門」の中で書いている。すなわち、行動哲学、恋愛哲学、生きた哲学
、であると。

その中で、三島由紀夫が特に忍恋について書いているのが次の文章。
いまの恋愛はピグミーの恋になってしまった。恋はみな背が低くなり、忍ぶことが少なければ少ないほど恋
愛はイメージの広がりを失い、障害を乗り越える勇気を失い、社会の道徳を変革する革命的情熱を失い、
その内包する象徴的意味を失い、また同時に獲得の喜びを失い、獲得できぬことの悲しみを失い、人間の感
情の広い振幅を失い、対象の美化を失い、対象をも無限に低めてしまった。恋は相対的なものであるから、
相手の背丈が低まれば、こちらの背丈もも低まる。・・・・・

なるほど名文と思えますが、このふうてん奴には何となく解るような解らないような、いやはや・・
この度の新歌舞伎座、島津亜矢特別公演がこの24日、大好評の中に打ち上げとなりましたが、思い返せば
私奴にとってはやっぱり「おしずの恋」が今でも心に残っています。
劇はテンポが良いし、本も良い感じで、昨年とは大分様子が違いました。亜矢姫の一生懸命の演技は迫真も
ので、内のカアチャンも泣いていた。
亜矢姫おしず、葉隠の言を引き合いにすれば底辺に流れるのは忍ぶ恋で究極の恋、至高の恋とは、を問う。
・・そして、その恋の行方は果たして・・・亜矢姫、および共演者の明治座での名演をお楽しみに。


コンサートの場面では、特に人生の師とも仰ぐ星野哲郎先生とご祖父の事を取り上げて話されたのがとても
印象的でした。終生忘れ得ぬご恩を授かった星野先生、だから星野先生の作詞された曲は元歌が何方であれ
何が何でも唄わせて頂く。それが、終わることの無い先生へのご恩返し。解りますね~亜矢姫のお気持ち。
ご祖父さまのことは、以前にビデオ画像で拝見したが、映像の中で「通り一遍の歌手ではなく、この娘に合
った何か特別なものを持った歌手になって貰いたい」と遠くを見透すような話をされていたのが、印象的で
したが、何かにつけ亜矢姫の行く末に示唆を与え続けておられたと想像しますと、それが花開いているいま
、姫さまの心に去来するものはきっと多くのものがあるのでしょう。

終演の舞台では、主な共演者がそれぞれの思いを語られましたが、歯の浮くようなお世辞は無かったけれど
舞台女優として畏敬の念を込めて語られたのは間違いのないところだと思う。まさに、場面によってはたじ
たじを感じられたことも、きっとお有りではなかったかと思う。まさに、舞台女優としての地歩も確実にさ
れておられると感じました。イヤ、猫には猫の感じ方や思いもあるのでございますよ。

公演は僅か二日しか観ていないから生意気なことは言えませんが、やはり若い方が相変わらず少ないと感じ
た。若い人の知名度を得るには、やはり紅白でしょうかね~。素地は超一級だから、残るは宣伝のみか。
テイチクさま、テイチクさま、ああテイチクさま。~~~これ、猫の唱え文句です。

最後に「葉隠」の中からもう一言。
〇仕事に関しては、大高慢で、死に狂いするくらいがいい
 武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり。不断の心立て、物云い、身の取り廻し、
万づ綺麗にと心がけ、嗜むべし。奉公かたは、その位を、落ち着く人によく談合し、大事のことは構はぬ人
に相談し、一生の仕事は、人の為になるばかりと心得、雑務方を知らぬがよし。
 
それでは、みなさま好き勝手でご免なさい。ニャーオ~。

以上、2014/07/25 『亜矢姫』談話室に投稿

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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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