「梅川」に魅せられて、京都まで

むかし、こんなことを書きました・・・・・。

2004年4月、NHKBS放送では沖縄からの亜矢姫とキム・ヨンジャさんによるコラボスペシャ
ルが放送されました。亜矢姫スペシャル版は、いつの場合でも特に深い感動を残してくれるものです
が、沖縄で歌唱された「梅川」も私にとっては忘れがたいものになっています。

とにかく亜矢姫が唄いだしてから、なぜか知らないけれど涙が出て止まらなかったのです。
歌の内容も深く知らないのになぜこうなるのか、この曲調と亜矢姫の歌とセリフが、何とも言えない
哀調をおびて切々と訴えかけてきて、聴くものを必死の感情のなかへ引きずり込んでしまう。
こんな唄を聴いたのは初めてのことで、涙が自然に溢れ出たのです。これが感動というものでしょが
見せたくない涙を家内に見られてもテレ隠しもできない。こんな経験を初めてさせてもらいました。

3番歌詞
 罪の深さを 大和路に  詫びて死にたい この命  生きられるだけ 生きました
 添えるぶん(時刻)だけ 添いました  せめて冥途の 草枕   
 紅い血が舞う 雪が舞う・・・

‘さとの深花’さんの作詞ですね~。なんと情念の深い詞でしょうか。今から思えば、この詞にセリ
フを入れて世紀のエンターテイナーが主人公になりきって唄ったのですから感動しなかったらおかし
いですね、これ、涙の言い訳です。亜矢姫の「梅川」は、それほどに私にとって肺腑を衝かれるもので
した。それからはもう、この唄に由来する物語が知りたいという思いが心の隅のわだかまりとしてず
っと残っていました。
そして最近、京都南座で文楽「冥途の飛脚」上演の新聞広告が出て・・・もう矢も立ても堪らず足を
運んで鑑賞、いや見物してきました(初めてでしたのでとても鑑賞とまではいきません)。

「冥土の飛脚」あらすじ
亀屋忠兵衛は大和、新口村(にのくちむら)の小百姓の息子でしたが今は大阪・淡路町の飛脚屋、亀
屋の養子となり立派に家業の跡継ぎをしています。そして新町の遊女梅川とも深い仲となっていまし
た。ところが、梅川を張りあっていた田舎客の身請け話を知り、どうにも心の抑えが利かなくなった
忠兵衛は、たまたま届いた友人八右衛門の50両を是非にと頼み込んで借金し、それを手付けとして
何とか梅川を取り留めたのでしたが、身請け金が足りません。そんな折、蔵屋敷に届ける筈の為替の
金3百両が到着し、それを持って店を出るのですが、梅川のことが気になって心は乱れます。そして
迷いに迷ったあげく梅川のいる新町へと急いでしまうのです。
ここまでが・・・淡路町の段

新町の越後屋に乗り込んだ忠兵衛は顧客の預かり金の封を切って身請けしてしまうのですが、歌舞伎
ではものの弾みで切れてしまうという設定もあるそうです。ここでは自分の意思で封印を切ります(
原作)。・・・封印切の段

追われる身となった二人は忠兵衛の生まれ故郷新口村へと向うのでした。そこで寺参りから帰る父親
、孫右衛門を隠れ家から見かけるのですが、孫右衛門は足を滑らして転んでしまいます。そこで梅川
は思わず外へ飛び出していって助け起こし、切れた下駄の鼻緒をむすび直します。孫右衛門はすべて
の事情を察するのですが、忠兵衛の身代わりに牢に入っている養母の手前、息子と面と向っては会え
ません。そこで何とか親子を会わせてやりたい梅川は孫右衛門に目隠しをして手を取らせるのですが
・・・追っ手は迫って来ています。
子を思う親の情愛は深く、逃げ道を教えて去っていく二人を見送ります。・・・新口村の段

最後の新口村の段は歌舞伎で「恋飛脚大和往来」として上演されるもので、近松門左衛門の原作を改
作したものとなっているそうです。今回の文楽公演もこれと同じです。
原作と亜矢姫の歌では追っ手に捕まってしまいます。
これで私もようやく「梅川」の情景が呑み込めました。

私にとって文楽は初めてでしたが、深い芸に根ざした伝統芸能はやはり素晴しいものと感じました。
文楽は浄瑠璃を語る~太夫、伴奏をいれる~三味線、それと人形遣い(3人で一体を遣う)とで演じ
ていくのですが今回は亀屋忠兵衛を吉田玉男さん、遊女梅川を吉田蓑助さんという人間国宝お二人が
演じられました。開演前の解説によりますと、太夫は20年ではまだまだで、40年修行して初めて
1段(約1時間)語れるようになるとの話もありました。凄い芸道です。

ところで、歌謡曲といいますと世間では一時の流行歌として、カラオケで歌わせては次から次へと新
しいものを生み出していき、使い棄てていく。そしてごく一部のものだけが思い出のメロディーとし
て残りはしますが、歌謡文化そのものは、全体に一段低く見られているのが現実ではないかと思われ
ます。社会的には大変大きな経済価値を生み出しているのに、文化創造価値としてはそれ程大きく見
られていないのでないかと、最近特に疑問に思うことがあります。

そんなところで、島津亜矢さんが唄われる一連の「名作歌謡劇場」シリーズ、或いは故三波春夫さん
の歌謡浪曲等の楽曲は、聞くたびに感動させられるものが多いと思うのですが、これなどは社会的に
(文化価値として)もっと高く評価されても良いのではないかと思うのです。
良いものは良い、一般の視聴大衆は早くからそれを認めて熱い思いで喝采を送っているのですが、マ
スコミ一般はあまりにも無知?(或いは自己の声で語りたがらない)ではないかと思います。
・・・心ある文化人ジャーナリスト出でよ・・・

島津亜矢という歌唱力においては天才性を帯びていて、且つ、名人達人域に達している歌手を得て、
作詞、作曲、編曲の先生方は渾身の力を込めて重厚で格調の高い楽曲を数多く創作されています。
名人芸はその人一代限りのものかも知れませんが、足跡は残ります。これはもう、ますます発展させ
て頂きたい、永久に残して頂きたい。そして、もっともっと多くの人々と、この唄を聞ける幸せを共
有出来たら良いと思うのです。

文楽や歌舞伎を真似ようとして観に行く人はいない筈。あの人の唄なら聴きたい、深い感動を味わい
たい、感情を共有したい、元気をもらいたい、快感を得たい、他にも動機は色々あると思います。
これらが文楽での人間国宝の至芸を観たいとの思いにも通ずると思いますし、その他の芸術文化に触
れたいということにも通じるのではないでしょうか。
それほどに、島津亜矢さんの唄は価値が高いと思うのです。
さて今年の「名作歌謡劇場」何を題材に聞かせて貰えるのでしょうか。大いに期待がふくらみます。

以上、2005/7/9感謝状サイトに投稿

文楽の吉田玉男さんは平成18年(2006)9月24日87歳にて逝去されました。ご冥福をお祈りした
いと思います。

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    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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