『歌路遥かに』小椋佳さんと島津亜矢さん

BS日テレ番組に『地球劇場~100年後の君に聴かせたい歌』というのがあり番組コンセプトは
『ツタエビト、谷村新司が時代を超えて愛されているウタビト(アーティスト)を迎え上質な音楽空
間をゆったり楽しむ2時間』とある。
2014年12月6日の放送はゲストが生前葬コンサートが済んだばかりの小椋佳さんでした。
なにせ月一回の番組だから殆んど気が付かずに見過ごしてしまうのですが、今回ばかりは何故か番組
表で気がついた。
小椋さんと言えば昔LPレコードの『彷徨』を繰り返し繰り返し聴いた覚えがあるし後にCD化され
たものが出た時も当然のように手に入れた。
まして近年、島津亜矢さんに[風そして花]と[歌路遥かに]を提供されているから尚更に興味が湧きま
す。[風そして花]の主人公は天璋院篤姫でしたが、さて[歌路遥かに]の方は・・・この番組を通じて
とても深い意味があることを知ることになったのです。

この番組では、普通は知ることの出来ない秘話とも思える話をいろいろと聞く事が出来ましたが、事
の秘密を知るというのはとても意外性があって興味が尽きませんでした。中でも 美空ひばりさん や
寺山修二 さんとの邂逅話などは面白かった。

例えば『愛燦燦』は味の素さんのコマーシャルソングを作る過程で生まれた曲で、コマーシャル映像
がすでに出来ていてこれに歌を書いてくださいと依頼されて出来たもので、歌が出来てから「この歌
」美空ひばりに歌わせたら面白いかも知れないという事で美空さんの歌になったらしい。
それと、次がまた面白い。
小椋さんご自身は小学5,6年の頃三橋美智也さんが大好きで、「あの方の歌ならいまでも空で歌え
るぐらい好きだった」言われる。こんな話、小椋さんが生み出す曲調から思えば全く意外な話です。

その三橋さんからLPアルバムを全曲小椋さんに作ってもらえないかという依頼が来た。それほど愛
した三橋さんだから半年かけて執念込めて12曲を書いた。
「レコーディングが始まって2~3曲やってから、駄目だという話になった。残念ながらという話に
なった。結果、渾身の12曲が宙に浮いてしまった」~これ、後に美空さんのアルバムで発表された
『旅ひととせ』12曲のことだと思いますが、この10曲目に例の『函館山から』が入っている。

そうした事情で宙に浮いた12曲は、美空ひばりが芸能生活40周年の記念アルバムを作りたいので
全曲小椋佳さんの歌で歌いたいという話になってレコーディングが始まった。
~小椋さんはこの12曲を1曲づつ12人の歌手の方に歌ってもらう心積もりでいたが、美空さんか
ら「全部私に下さい」と言われて渡されたという話は以前のNHKテレビでも放送があった。

「美空ひばりとの出会い~直接的なご縁はなかったがこれが最初のご縁となった」
普通はレコーディングの時、作詞作曲の方が立ち会うのが普通だが、小椋さんは銀行の仕事の関係で
行けなかったらしい。ひばりさんも不審に感じてディレクターさんに問いただしたところ勤め人だと
いう事が分かった。
ひばりさんがレコーディングする場合はディレクターさんは一切口を挟まなかったらしいのだが、後
になって立ち合いが出来た時、小椋さんは遠慮しなかったと言われる。
歌唱に気になるところがあってそれを指摘したら素直に聞き入れてくれたらしい。これ、小椋さんの
自慢話ように聞こえるが、今でもエピソードとしてこんな風に語られるから、当時の 美空ひばり さ
んと言う方はそれほどに偉大な方だったという事なのでしょう。

さて、これから『歌路遥かに』に思いを馳せる。
小椋さんの二男 神田宏司 さんは日本に数人しかいないという薩摩琵琶職人でこの楽器の制作を生業
とされておられる。その妻 亜矢子 さんは新進気鋭の琵琶奏者だ。ちなみに長男の神田知秀さんは小
椋さんのマネジメント会社の社長である

宏司さんは1986年13歳の時、脳梗塞を発症したのだと話される。発症したときは右半身が動か
ず話すことも出来なかったという。小椋さんは毎日病院にいきリハビリの一環として一緒に歌を唄い
つづけた。小椋さんの歌がきっかけで宏司さんは奇跡的に回復し、健常人と変わらないまでに回復す
るのだが、ここまで回復するのに10年かかったと仰る。
いつの頃からとの説明はなかったが、言葉がしゃべれない男が歌ったら全部正確に唄えたのだという
その頃から手足が全部動くようになってリハビリもちゃんと出来るようになった。
「歌がもっている力って恐ろしいぐらいに影響力がある場合がある、貴方の歌で人生が救われたとか
こちらが思いもしなかった力があったりするから、だから、作るほうも責任があるなと思う」

こんな話を知ると、『歌路遥かに』と言う歌が単なる歌の一曲では無く、歌の力は、あるとき奇跡的
な力を発揮するものだということを自らの体験を通して語りかける歌へのオマージュだと思えて仕方
ない。だから、小椋さんの歌に対する哲学は深くて重いものがお有りだと感じる。
この歌を唄う 島津亜矢さん との最初の出会いは宮尾登美子原作の『天璋院篤姫』(平成22年2月
明治座公演)で主題歌として採用された[風そして花]の時でした。

それでは『歌路遥かに』を唄うことになった島津亜矢さんと小椋さんとの懸け橋はどのようなものだ
ったのか、これについては過去のブログ「歌路遥かに に心が動きます」で以下のごとく書いていま
す。
亜矢姫の歌手生活25周年に際して「歌路遥かに」をプレゼントして下さったと、亜矢姫がリサイタ
ルで紹介されて、唄われたのを鮮やかに思い出します。そしてその時のDVDが今手許にあります。
小椋さんとは、その前に「風そして花」でのご縁があった訳ですが平成の歌姫“亜矢”さんに創作歌
謡を贈られるということは並々ならぬ思い入れがお有りではなかったかしらと想像すると、とても嬉
しく思えます。


[歌路遥かに] 作詞・作曲:小椋佳
2010年25周年記念リサイタル「挑戦」の時の歌詞 
(編曲:貫田重夫)(CD版編曲:川村栄二)

歌なんて ・・・・・・・ 無くても人は 病んだりしない       
けれども歌は 悲しみを慰め あるいは歌で 喜びが膨らむ  
歌の一つで 心 洗われたりも しませんか 歌の一つで 命 救われたりも しませんか 

歌なんて 良し悪し溢れ (歌なんて辛い別れの)              
見分け聴き分け 容易くはない(時一コマも 巻き戻せない)
けれども歌の 誕生を喜び (けれども歌で 寂しさは薄らぎ)     
あるいは歌の 饒舌にたじろぐ(あるいは歌で 空しさも和らぐ)
歌の一つに まこと 尽くす想いで いるのです 
歌の一つに わたし 真心込めて いるのです          

・・上記の( )内はCDで発売された歌詞ですが、詩文自体いずれも小椋さんの実体験的かつ哲学
的思考から生まれたものと考えれば、言葉は違うけれどいずれも深い意味のある詩だと思えます。
そして次のリフレインへと続くのですが、これはもう高らかな歌への讃歌でしょう。

私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに         
私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに   

亜矢姫にはこの歌をいつまでも大切に唄って欲しいと思います。小椋さんの魂の歌だと思えるから。

   
最後に谷村新司さんの問いかけに応えた、小椋さんからの「100年後の子供達へのメッセージ」
「心からの願いとしては言葉が復権している時代が来て欲しい。言葉できちんとしたコミニュケーシ
ョンができる人間同士であり、言葉で人間はものを考える動物ですから・・・」
BS日テレ番組に『地球劇場~100年後の君に聴かせたい歌』というのがあり番組コンセプトは
『ツタエビト、谷村新司が時代を超えて愛されているウタビト(アーティスト)を迎え上質な音楽空
間をゆったり楽しむ2時間』とある。
2014年12月6日の放送はゲストが生前葬コンサートが済んだばかりの小椋佳さんでした。
なにせ月一回の番組だから殆んど気が付かずに見過ごしてしまうのですが、今回ばかりは何故か番組
表で気がついた。
小椋さんと言えば昔LPレコードの『彷徨』を繰り返し繰り返し聴いた覚えがあるし後にCD化され
たものが出た時も当然のように手に入れた。
まして近年、島津亜矢さんに[風そして花]と[歌路遥かに]を提供されているから尚更に興味が湧きま
す。[風そして花]の主人公は天璋院篤姫でしたが、さて[歌路遥かに]の方は・・・この番組を通じて
とても深い意味があることを知ることになったのです。

この番組では、普通は知ることの出来ない秘話とも思える話をいろいろと聞く事が出来ましたが、事
の秘密を知るというのはとても意外性があって興味が尽きませんでした。中でも 美空ひばりさん や
寺山修二 さんとの邂逅話などは面白かった。

例えば『愛燦燦』は味の素さんのコマーシャルソングを作る過程で生まれた曲で、コマーシャル映像
がすでに出来ていてこれに歌を書いてくださいと依頼されて出来たもので、歌が出来てから「この歌
」美空ひばりに歌わせたら面白いかも知れないという事で美空さんの歌になったらしい。
それと、次がまた面白い。
小椋さんご自身は小学5,6年の頃三橋美智也さんが大好きで、「あの方の歌ならいまでも空で歌え
るぐらい好きだった」言われる。こんな話、小椋さんが生み出す曲調から思えば全く意外な話です。

その三橋さんからLPアルバムを全曲小椋さんに作ってもらえないかという依頼が来た。それほど愛
した三橋さんだから半年かけて執念込めて12曲を書いた。
「レコーディングが始まって2~3曲やってから、駄目だという話になった。残念ながらという話に
なった。結果、渾身の12曲が宙に浮いてしまった」~これ、後に美空さんのアルバムで発表された
『旅ひととせ』12曲のことだと思いますが、この10曲目に例の『函館山から』が入っている。

そうした事情で宙に浮いた12曲は、美空ひばりが芸能生活40周年の記念アルバムを作りたいので
全曲小椋佳さんの歌で歌いたいという話になってレコーディングが始まった。
~小椋さんはこの12曲を1曲づつ12人の歌手の方に歌ってもらう心積もりでいたが、美空さんか
ら「全部私に下さい」と言われて渡されたという話は以前のNHKテレビでも放送があった。

「美空ひばりとの出会い~直接的なご縁はなかったがこれが最初のご縁となった」
普通はレコーディングの時、作詞作曲の方が立ち会うのが普通だが、小椋さんは銀行の仕事の関係で
行けなかったらしい。ひばりさんも不審に感じてディレクターさんに問いただしたところ勤め人だと
いう事が分かった。
ひばりさんがレコーディングする場合はディレクターさんは一切口を挟まなかったらしいのだが、後
になって立ち合いが出来た時、小椋さんは遠慮しなかったと言われる。
歌唱に気になるところがあってそれを指摘したら素直に聞き入れてくれたらしい。これ、小椋さんの
自慢話ように聞こえるが、今でもエピソードとしてこんな風に語られるから、当時の 美空ひばり さ
んと言う方はそれほどに偉大な方だったという事なのでしょう。

さて、これから『歌路遥かに』に思いを馳せる。
小椋さんの二男 神田宏司 さんは日本に数人しかいないという薩摩琵琶職人でこの楽器の制作を生業
とされておられる。その妻 亜矢子 さんは新進気鋭の琵琶奏者だ。ちなみに長男の神田知秀さんは小
椋さんのマネジメント会社の社長である

宏司さんは1986年13歳の時、脳梗塞を発症したのだと話される。発症したときは右半身が動か
ず話すことも出来なかったという。小椋さんは毎日病院にいきリハビリの一環として一緒に歌を唄い
つづけた。小椋さんの歌がきっかけで宏司さんは奇跡的に回復し、健常人と変わらないまでに回復す
るのだが、ここまで回復するのに10年かかったと仰る。
いつの頃からとの説明はなかったが、言葉がしゃべれない男が歌ったら全部正確に唄えたのだという
その頃から手足が全部動くようになってリハビリもちゃんと出来るようになった。
「歌がもっている力って恐ろしいぐらいに影響力がある場合がある、貴方の歌で人生が救われたとか
こちらが思いもしなかった力があったりするから、だから、作るほうも責任があるなと思う」

こんな話を知ると、『歌路遥かに』と言う歌が単なる歌の一曲では無く、歌の力は、あるとき奇跡的
な力を発揮するものだということを自らの体験を通して語りかける歌へのオマージュだと思えて仕方
ない。だから、小椋さんの歌に対する哲学は深くて重いものがお有りだと感じる。
この歌を唄う 島津亜矢さん との最初の出会いは宮尾登美子原作の『天璋院篤姫』(平成22年2月
明治座公演)で主題歌として採用された[風そして花]の時でした。

それでは『歌路遥かに』を唄うことになった島津亜矢さんと小椋さんとの懸け橋はどのようなものだ
ったのか、これについては過去のブログ「歌路遥かに に心が動きます」で以下のごとく書いていま
す。
亜矢姫の歌手生活25周年に際して「歌路遥かに」をプレゼントして下さったと、亜矢姫がリサイタ
ルで紹介されて、唄われたのを鮮やかに思い出します。そしてその時のDVDが今手許にあります。
小椋さんとは、その前に「風そして花」でのご縁があった訳ですが平成の歌姫“亜矢”さんに創作歌
謡を贈られるということは並々ならぬ思い入れがお有りではなかったかしらと想像すると、とても嬉
しく思えます。


[歌路遥かに] 作詞・作曲:小椋佳
2010年25周年記念リサイタル「挑戦」の時の歌詞 
(編曲:貫田重夫)(CD版編曲:川村栄二)

歌なんて ・・・・・・・ 無くても人は 病んだりしない       
けれども歌は 悲しみを慰め あるいは歌で 喜びが膨らむ  
歌の一つで 心 洗われたりも しませんか 歌の一つで 命 救われたりも しませんか 

歌なんて 良し悪し溢れ (歌なんて辛い別れの)              
見分け聴き分け 容易くはない(時一コマも 巻き戻せない)
けれども歌の 誕生を喜び (けれども歌で 寂しさは薄らぎ)     
あるいは歌の 饒舌にたじろぐ(あるいは歌で 空しさも和らぐ)
歌の一つに まこと 尽くす想いで いるのです 
歌の一つに わたし 真心込めて いるのです          

・・上記の( )内はCDで発売された歌詞ですが、詩文自体いずれも小椋さんの実体験的かつ哲学
的思考から生まれたものと考えれば、言葉は違うけれどいずれも深い意味のある詩だと思えます。
そして次のリフレインへと続くのですが、これはもう高らかな歌への讃歌でしょう。

私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに         
私の証し あなたのために 歌いたい 歌っていたい 歌路遥かに 歌路遥かに   

亜矢姫にはこの歌をいつまでも大切に唄って欲しいと思います。小椋さんの魂の歌だと思えるから。

   
最後に谷村新司さんの問いかけに応えた、小椋さんからの「100年後の子供達へのメッセージ」
「心からの願いとしては言葉が復権している時代が来て欲しい。言葉できちんとしたコミニュケーシ
ョンができる人間同士であり、言葉で人間はものを考える動物ですから・・・」

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    ふうてんの猫

    Author:ふうてんの猫
    亜矢姫の唄は芸術だと固く信じているおじんです。
    コンサートなどに参加したい気持ちはやまやまなれど、不如意のことが多いので、これは条件が整い次第となっています。

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